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バタバタと走り回る足音が新築の家屋の廊下に響く。
地方都市に暮らす谷野直也は小さいながらも念願のマイホームを購入し、つい最近引っ越してきた。
二階建ての家屋は木の香りと畳の真新しい匂いと家族の温もりに包まれている。その喜びを感じながら、三歳になる娘の愛美と休日の朝を楽しんでいる。
「パパ、もういっかいかくれんぼしよ」
家の中でかくれんぼをしている。愛美は飽きることなく直也に何度もやろうと言ってくる。
「よし、わかった」
娘の他愛もない願いに直也は応えてやる。
「もうい~かい」
「ま~だだよ」
どこにいるかすぐにわかる。廊下には小さな足あとがしっかりと残っていた。子どもは汗かきなのだろう。
直也は小さな足あとを追って廊下を進む。その先にあるリビングにつながる扉を開ける。
リビングにもしっかり足あとは残っている。まるで風呂からあがったばかりのようにビシャビシャとついた足あと。
キッチンで朝ごはんをつくっていた妻のユリエが笑いながらカーテンのほうを示す。
「どこに行ったのかな?」
直也がわざとらしく大きな声で探すふりをする。窓際のカーテンの裾からは愛美の小さな右足が覗いている。そろりそろりと近づく。
「しゃべったらいけん」
囁き声が聞こえてきた。独り言を言っている娘に笑いが込みあがるのをぐっと堪える。
「どこにいるのかな?」
やはりわざとらしく直也は大きな声で探すふりをする。すると愛美はクスクスと笑い出す。
油断させたところで、「愛美、みっけ」とカーテンをめくった。
そこには窓のほうを向き、直也に背を向けしゃがみこむ愛美がいた。
愛美が振り返った。みつかったという顔をしたあと、
「キャハハハ」と声をあげて笑い出す。
「やっとみつけた。そんなとこに隠れてるなんて。ほんとに愛美は隠れるのが上手いなあ。かくれんぼの天才だ」
直也の大げさなリアクションに愛美はさらに笑い声をあげる。その笑顔に直也の頬も緩む。そのときふと床に残る足あとに目が止まる。
水溜まりのような小さな足あとが残っていた。
直也はカーテンをめくる前のことを思い出す。
裾から覗いた足の向き。あれはたしか直也のほうを向いていた。
なのに……。
愛美は直也に背を向けてしゃがんでいた。
「ねえ、パパ。もういっかいしよう」
愛美の声で直也は我に返った。
「あ、ああ。いいよ」
胸にもやもやしたものを感じながら直也は愛美に応える。
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