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池にまつわる話
直也は根っから子ども好きだったわけではない。むしろ子どもの騒がしい声は苦手で耳を塞ぎたくなるぐらいだった。だが愛美は違った。自分の子どもは可愛いものだとつくづく思った。
直也は愛美のおむつを替えたり、風呂に入れたり、歩き始めてからはよく近所の公園に連れて行くほどの子煩悩ぶりを発揮した。
マイホームを購入する決め手になったのも家の近くに公園があったからだ。だだっ広い敷地にぽつぽつと遊具が設置された公園で、愛美が大好きな砂場や近くには小魚も生息する池もあった。愛美はひと目でこの公園を気に入ってくれた。
ここ数日、降りつづいた雨はあがり、窓の外は春らしい柔らかい日差しが降り注いでいた。
朝ごはんを食べ終え、十時を回ったところだ。
直也は、愛美を近くの公園に連れて行ってやろうかどうか悩んでいた。
悩む理由は昔からこの近所に住むという年配の男性から最近になって気になる話を聞いたせいだ。
近くの公園はいつ行っても子どもの姿がなかった。いわゆる貸し切り状態だった。当初は過疎化が進む地域ならではの事情があるのかもしれないと思っていたが、たまたま通りかかった男性が公園で愛美を遊ばせている直也に話しかけてきた。
「あんた、見ない顔だね」
「引っ越してきたんですよ」
「ここの公園には近づかないほうがいいよ」
「どういうことですか?」
驚く直也に男性は声を潜めて教えてくれた。
「ずいぶん昔の話なんだけどね。そこの池で小学校にあがる前ぐらいの女の子が溺れて亡くなったんだ。その女の子は長靴を片方だけ履いた状態で池に浮かんでてね。なんでも当時流行ったクマのぬいぐるみを池に落としたらしくて、そのぬいぐるみを拾おうとして池に落ちたらしい。それ以来、その女の子がひとりじゃ寂しいから公園で遊ぶ女の子を池に引き摺りこもうとするんだって。実際に引き摺りこまれそうになった子もいるって話だから気をつけて」
直也は男性の話を聞いてしばらく公園に行かなかったが、時間が経つにつれ、それは非現実的に思えてきた。さてどうしようか。
「愛美、久しぶりに公園に行ってみたい?」
「行きたい、行きたい。やった、やった~!」
愛美は大喜びだ。
直也は娘の笑顔を見て、行くことに決めた。
男性に会う前に何度も行っているわけだし、傍を離れなければ大丈夫だろう。
そうと決まると、そこから直也の頭の中は忙しい。
公園で遊んだあとはスーパーでおやつを買ってやろうと計画を立てる。でもそれは昼ごはんのあとの三時のおやつかな。などと愛美と過ごす時間を考える。直也はウキウキしてきた。
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