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「パパァ!」
愛美の甲高い声に直也はビクッと目が覚めた。と同時に頬にしぶきが飛んできた。いつのまにか眠っていた。
「ちょ、ちょっと」
ベンチの前にできた水溜まりで愛美がバシャバシャと跳ねている。ピカピカの長靴はよく水を弾き、玉になった雫がピンク色のビニールの上を流れ落ちる。
「キャハハ」
あわてる直也を見て、愛美はさらに飛び跳ねる。
「わわわ、ちょっと待て。やめ。ひやぁあ」
直也は大きな声をあげながら水しぶきを避ける。
とそのとき、
「あれぇ。パパ、あそこにおねえちゃんがいる。ほら、こっちに来てって言ってるみたい」
愛美は跳ねるのを止めると池のほうを指差し、直也を見上げた。
楕円の池をぐるりと遊歩道が囲んでいるが誰も歩いていない。
「誰もいないよ」
ふと男性の話が直也の脳裏をよぎる。
「お菓子を買いに行こう」
なにか胸騒ぎがして、直也は愛美の手を引いた。
「うん。チョコが食べたい」
愛美は素直に返事をすると、直也の手をぎゅっと握った。
スーパーは古く、店の前の舗装されたアスファルトはところどころ剥げて窪んでいた。そこに泥が混じる雨水が溜まっている。
わぁっと歓声をあげて店の前の水溜りに愛美がバシャンと長靴で飛び込んだ。
あ、と思ったときには遅かった。
「こら。なにするんかい!」
水溜まりの近くにいたスーツを着た強面オヤジが怒鳴った。泥水のしぶきが皺ひとつないスラックスに撥ねて濡らしている。
「すいません」
あわてて直也が謝る。
「愛美、なんてことするんだ。周りをよくみなさい」
ついカッとなって叱りつけた。
愛美は水溜まりに立ったまま一瞬動きが止めると、
「わぁ」大きな声をあげながら自動ドアから店内に飛び込んだ。
「あ、待って」
直也も自動ドアをくぐり追いかける。ところが愛美の長靴に水が入っていたのかバシャバシャと泥水が撥ねている。磨かれた床に愛美の足あとがついて回る。
「にいちゃん。どんなしつけをしとんじゃ」
さっきのスーツの強面オヤジも店に入り、直也の背中に怒鳴りつけた。
直也は近くの店員を呼び止め、事情を説明し、タオルを借りた。
「俺はもういいから。ガキには気をつけるようによく言っとけ」
強面オヤジは吐き捨てるように言うと背を向けた。
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