熱き教育実習と登校拒否

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熱き教育実習と登校拒否

大学生の熱司(アツシ)は小学校四年生の教育実習生として四年一組に来ていた。 期間は二週間で既にその大半を終えている。 充実した日々を送ることができたと思っていて、気合も十分。  ただ気になるところもいくつかあった。 ―――この一週間、授業の様子をたくさん見て勉強してきた。 ―――教育実習生としてラストの二日間は、実習としてこのクラスの担任を任されることになっている。 ―――その一日目が今日だ! 熱司は自信が特別な日だと思う時、朝牛乳を二リットル飲み干すことにしている。 教育実習が始まり、この小学校にやってきた日。  そして今日と胃がたぽたぽになりそうな勢いで牛乳を飲み干しているのだ。 ただし、気持ちとしてはその時と今では少し違う。  新たな環境を迎える初日と、その環境を“変えようと思っている”今日では覚悟も違った。 「えー、今日と明日は熱司先生が代わりにこのクラスの担任をしてくれます」 本来の担任の斎藤先生が教卓の前に立った。 熱司よりもかなり年配の人で、そのせいか少々覇気がないと思うことがある。 いや、それが年齢のせいではないだろうということを熱司は薄々感付いていた。 「やったー!」「いぇーい!」「嬉しいー!」 「はは・・・」 熱司は熱い性格をしていて見た目もいいため生徒からは人気がある。 体育専門ではないが、まさに熱血体育教師といった具合だ。 素直に喜ぶ生徒たちに担任は苦笑している。  自分と明らかに違う熱司に不安を憶えているのかもしれない。 ―――この一週間ずっと見てきたが、この学校のやり方にはかなりの不満がある。 ―――だから今日と明日の二日間で、その不満を晴らさせてもらおうじゃないか。 熱司は心の中でもう一本牛乳を飲み干した。 既に朝飲んだ分は汗として蒸発し切っているつもりだ。 「えー、では熱司先生、よろしくお願いします」 「はい!」 元気よく挨拶をし教卓の前へ立つ。 何度もやったことだが、ここに立つと全員の顔が見渡すことができ気合が入る。 生徒たちの目の煌めきが心に染み渡っていく。 「今日と明日、このクラスを任された熱司だ! みんな、よろしくなッ!」 生徒は喜び拍手が沸き起こる。 そんな中、斎藤先生だけは気まずそうにもう目をそらしていた。 ただ斎藤先生にも好きなようにやることは宣言していて遠慮するつもりはさらさらない。  本当は熱司も言われた通りこなすのが正しいのかもしれないが、自分に嘘をつくことはできなかった。 「よし。 早速だが席替えをしようと思う」 これは昨夜より以前から考えていたことだ。 この学校では席替えが全く行われないのだという。 ざわつく生徒たちの中から一人の男子生徒が立ち上がって言った。 「熱司先生! 席替えって何ですか?」 「その名の通り、みんなの席をバラバラにして替えるということだ。 ドキドキして楽しいぞ」 生徒たちはよく分からないといったように首を捻って顔を見合わせていた。  熱司にとっては当たり前にあることだと思っていたが、この学校でそれがないということは生徒たちはそのシステムすら知らないということだ。  転校生で経験したことがある生徒もいるだろうが、熱司は少なくとも聞いていない。 「俺がくじを作ってきた。 こっちの箱が男子で、こっちの箱が女子だ。 みんな適当に並んで、一枚ずつ取っていってくれ」 生徒たちは素直に従い一列に並び始める。 一人ずつくじを引いていった。 ―――この学校はとにかく男女に差をつけようとしているのが特徴だ。 ―――教室の半分で綺麗に男女が分かれている。 ―――最初のうちはいいが、これだとクラス全体を見れば仲よくなりにくい。 ―――だから定期的に席替えをすべきだ。 ―――生徒たちにも席替えのよさを知ってもらいたい。 それが狙いだった。 だが生徒たちが素直に従っているのを見て斎藤先生が慌てて駆け寄ってくる。 「あ、熱司先生! それは・・・」 「何ですか? 今日と明日は全て、俺に任せてくれるんですよね?」 「そうですが、しかし・・・」 経験を重ねている斎藤先生が席替えを知らないはずがない。 おそらくはやろうとしたこともあるのかもしれない。 ただそれをやろうとしたら批判されたのか、暗黙の了解なのか。 ―――席替えをしてはならないという校則はないから大丈夫だ。 熱司の独断であるが、二日間なら少なくとも問題ないと思っていた。 否定されれば言い返す言葉も既に用意している。  だが斎藤先生はそれ以上何も言わなかったため、席替えの話は置いておき気になっていることを尋ねてみた。 「それより斎藤先生。 あの空いている席は何ですか? ずっと気になっていたんですが」 一番後ろの真ん中の席。 熱司がここへ来た時からずっと不自然に空いている場所だ。 「あー・・・。 あれは不登校の子の席ですよ」 「不登校?」 「はい。 まぁ、放っておいてください」 そう言うと顔を伏せ斎藤先生は教室の端へと歩いていった。 ―――いや、放っておけと言われても・・・。 ―――余計に気になるじゃないか。 ―――確かに部外者である俺が首を突っ込むのはよくないが、流石に不登校の生徒を放置しているわけではないよな? ここへ来て更に解決したいと思うことが増えた。 やれることに限りはあるが、全力を尽くす。 それが朝牛乳を飲み干した時に自分に誓った言葉だ。 「先生! みんなくじを引きましたー!」 代表として学級委員の声がかかる。 「ん? あ、あぁ。 じゃあ次にこの紙を見てくれ」 黒板に大きな用紙を張った。 「今自分が持っている紙に書かれた数字。 それと合った場所へ自分の席を移動させるんだ。 分かったな? では始め!」 席替えは一列ごとに男女にし男女が必ず隣になるようにした。 特に問題が起きることもなく、見飽きていた光景が新鮮なものとなった席替えは生徒にとって好評だったようだ。
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