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柊が言い捨てながらも、自分の盃へとおかわりを注いでくるのに陽光は感心する。
柊に見守られつつ盃を干し、思い出して言った。
「初代の遺言って確か――、『素性が分からない客は泊めるな』だったっけ?」
柊はうなずき、
「『氏素性が知れない客は客に非ず。真にもてなすに値せず』だそうだ」
と、陽光の言葉を正しく言い直した。
柊が岸間の家に生まれた時からその客を、――真にもてなすようにと育てられてきたのは陽光の想像にも難くない。
しかし、そこから先は四代続く老舗温泉旅館の若旦那とはまるで思えない粗雑、粗暴さだった。
「全く――、とんでもない時に表舞台へと引っ張り出されたもんだ!」
柊は続けざまに手酌をする。
当然、こちらは片手でだった。
「親父のヤツ、とっとと楽隠居を決め込みやがって!」
柊が言い放った勢いそのままに注いだ酒は、辛うじてこぼれずに済んだ。
盃を満たした中身を一息で飲み干す。
「お、おいっ⁉」
見るにみ兼ねた陽光は柊の手から四合瓶をひったくった。
柊の見た目は老舗旅館の跡取り息子を画に描いたようだと、前まえから思っていた。
先ほど玄関口で自分を出迎えた姿などは、まさに若旦那そのものだった。
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