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でも、そんなことはあり得ない。
実際にあり得なかったわけだから、今の柊と陽光とが在った。
右肩越しに、陽光へと振り返ってくる柊は笑っていた。
明らかに面白がっている様子だった。
そんな表情をすると途端に子供じみてくるものだから、陽光はいつもながらに不思議だった。
柊が前を向いた。
「でも、しばらく経ってからおれが生まれてくることが分かった」
「それで約束は反故になったわけだ――」
本当によかった。と陽光は心底ホッとした。
それと同時に父親に対しては呆れ果てた。
全く――、何を考えてることやら。
十中八九、陽光の母親で照夫の妻である加代子には何も話していなかったに違いない。
そんな話が加代子の耳に入っていたら、事あるごとに息子である陽光へと言って聞かせていたはずだ。
――それは御免被る、勘弁してほしい。
想像するだけでもうんざりとする。
柊は再び陽光を顧みた。
その顔はニヤリという音までをもがはっきりと聞こえてきそうなほど、くっきりと笑っていた。
そして言う。
「いや、まだ続きがある。――もしも、ウチに生まれてくる子供が女だったら婿に欲しいと言った。ウチが男で、陽光が女だったら嫁に欲しいって」
「でも、生まれてきたおまえは男だった」
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