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望まれた子供
柊の肩が湯面の下に隠れた。
すっきりとした襟足の髪が、ギリギリ湯に浸かるかつからないかの所で揺れる。
「母は長らく子供が出来なくて、しかも卵巣腫瘍を患った。摘出手術をすればもう二度と子供は望めない」
「え?それじゃあ・・・・・・」
今こうして、自分の腕の胸の中で露天風呂を歓しんでいる柊は一体誰だというのだろうか?
まさか、本当に月の化身とでも言うのだろうか――?
いささかお湯にのぼせてふやけた陽光の疑問に先回りして、柊が答える。
視線を寄越すその顔は赤みが差し、満月のような柔らかく笑っている。
「その検査の際に母の子宮の中におれがいることが分かった」
「・・・・・・」
陽光は今さらながらに柊が望まれ続けて、――そしてそれに応えるかのように生まれてきた子供だということを思い知った。
「生まれてくる自分の子供にはもう、きょうだいが出来ない。だから親父は照夫おじさんに再三再四に頼み込んだんだと思う。おそらくはおれが『寂しくないように』と」
「・・・・・・」
陽光には上にそれぞれ五才と二才上の兄がいる。
それに対して柊はそのような理由から当然一人っ子だった。
陽光の沈黙を柊は呆れ果てている、――有り体に言うのならばドン引きしていると見做した。
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