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唇に残った酒を陽光の親指に拭われる。
その指を陽光はすいと咥えた。
「確かに酒だな」
「・・・・・・」
あからさまとも言える仕種で陽光に念押しをされて、柊は沈黙へと逃げ込んだ。
「もう一口飲むか?」
「飲むか?」と柊へと問いながらも陽光がお猪口を差し出してくるのは、これはどういうことなのか?
まるで禅問答の様な陽光の行ないも、柊はちゃんと察した。
笑って余裕で後追いまでされたというのに、逃げ出さなかった。
黙ってうなずいた柊は、木桶の中から雪ダルマを引っ張り上げた。
そして、中にまだたっぷりと満ちている酒を陽光のお猪口へと注いだ。
結局は又、陽光に口移しで飲まされるというのに――。
その後で柊は雪ダルマを木桶ごと遠ざけた。
頬が顔が熱くて、両肩をすっかりと湯から出した。
「酔いが回ってのぼせるからもう、いい」
「おまえ――、そんなに酒に弱かったか?」
お猪口を手にしたままに陽光が小首を傾げる。
そんなにも何も、柊と酒を飲んだのは片手指に満たないほどだった。
そう言う陽光がけして大酒飲みではないことは、その少ない中でも柊にはよく分かっていた。
実に、きれいな酒だった。
まるで付け入る隙がなくて、何故だかとても口惜しかったことを今でも柊はよく憶えている。
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