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ジーッジーッと、裏山に繋がる斜面から鈴虫の仲間の鳴き声が聞こえる。
淡い水色の空に筆でスッと引いたようなすじ雲が黄金色に染まる。
水彩絵の具が滲んだような美しい空の下、ジョウロに水を汲んでしずくと書かれた植木鉢に撒いた。
二年前に咲いた空色アサガオを毎年植えて、採取した種を翌年に植えている。今年もまた順調に育っている様子に、海里の頬も緩む。
「母さん、一人になっちまったけどすげぇ幸せだよ」
弧を描くジョウロの水が、葉にキラキラと水滴を作る。
「ジュンさん、この場所を遺してくれてありがとう」
がらんとした居間を見渡す。ここで過ごした日々。ここで出会った人々。ここにある想い出。
居間の箪笥に置いた写真立てには、渚が撮った写真が入っている。三人で初めて浜で花火をした時の物だ。
満面の笑顔を浮かべる海里と、歯を見せてピースをする渚。
その二人の真ん中で、緊張した面持ちで生まれて初めての花火を持つ雫の写真だ。
「雫。今年も一緒に花火見ような」
リン
ふわりと、あたたかな海の匂いを抱いた風が吹き抜けた。
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