破片

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 彼女とはバイト先のファミレスで知り合った。僕は厨房で彼女はホール担当だったので職場で話すことはほとんどなかったが、最寄りの駅まで一緒に帰っているうちに親しくなった。「今度の休みに食事でもどう?」と誘ったら快諾された。食事といってもファミレスだが。 「・・・くん、何が好きなの?」  食後のアイスティーを飲みながら、彼女が聞いてきた。 「何が好きとは?」僕は言った。 「食べ物だと何が好き?」 「ああ、そうだね……あれだな、破片丼が好きだね」 「…はへんどん?」 「うん、破片をまぶした丼。知らない?」 「そうだね…初耳ね」  あからさまに「何を言ってるのこの人」とでも言いたげな顔を彼女はした。構わず僕は話をつづけた。 「そっか、じゃあ、うちのオリジナルなのかな。作り方はいたってシンプル。まず、丼にご飯を適量入れて好きな具材を乗せる。トンカツ、天ぷら、お肉、海の幸、山の幸、冷蔵庫の残り物、なんでもいいんだ。で、盛り付けたら丼ごと床に叩きつける。当然、丼も割れ、砕ける。そのぶちまけたものをかき集めてまた別の丼に入れる。これで破片丼の完成。丼の破片もろとも全部食べるのさ。ガリガリ音を立てながらね」  多少はウケると思ってこんな冗談を話したのだが、彼女は固く目を閉じ、体のどこかで発した痛みを必死に堪えるような表情をしていた。僕は彼女が何か言うのを待った。手元にあるコーヒーカップと、彼女の顔を交互に見てただただ待った。 「あの、それって、おいしいのかな」  目を開け、僕を直視し、ようやく彼女が返答した。 「ああ、ものすごくうまいよ。一度食べたらやめられなくなるねあれは」 「そう」  彼女はこれから深刻な告白をする覚悟を決めた人がそうするように、あるいは受け入れがたい事実を聞かされた人がそうするように、ほぼ空になったグラスを凝視したあと、鼻からゆっくり大きく溜息をついた。しばらく沈黙が続いた。 「そろそろ、帰ろうか」  僕は言った。外はすっかり暗くなっていた。 「そうね、出ましょう」  支払いは僕がした。店を出ると、彼女は、ATMでお金を下ろした時に発生する自動音声めいた声でお礼を言った。アリガトウ、ゴチソウサマ。  寒くなったね、そうだね、といった他愛もない話をしていたらすぐに駅に着いた。乗る電車が違うので、改札をくぐったところで僕らは別れることにした。 「ねえ、一つだけお願いがあるんだけど」  彼女が笑顔で僕に言った。彼女の笑顔は久しぶりに見た気がした。 「なに?」 「口の中を見せてくれない?」 「いいよ」  僕は少しだけ屈んで彼女に向けて口を大きく開けてみせた。  彼女は僕の口内を丹念になにかを調べるように見、「もういいわ、ありがとう。それじゃあまたね」と言って歩き出した。 「破片は見つかった?」  僕は彼女の背中に向けて言った。  彼女は立ち止まり、振り返って言った。 「あるわけないわ、そんなもの」
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