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現場検証だ、調書だ、などで気がつけば二時間以上経過していた。警官たちが帰って行ったあと、泥のあしあとが残る部屋で、二人でお茶を飲んだ。コーヒーより、こういう時はやはりお茶が飲みたい。それも温かい普通の緑茶が。
「なんか、いろいろあったな……」
あしあとを見つめながら、タクトは言った。
「あの人、結局、何も盗んでなかったな」
彼の言った通り、手帳を読むのに夢中になって、盗みどころではなくなったのだろう。
「多分。初犯だろうし、お前が訴えたりしないんなら、案外すぐに釈放されるかもしれないぞ」
「あ、そ、そっか……」
やはり二人きりになると、急にコウキの目が見れなくなる。コウキに何か言われる前に、いそいそとタクトは立ち上がった。
「えと、そうだ。あしあと、拭かないと」
「……タクト」
「うわ、結構時間経ったから落ちなさそうだな。泥だから、あれか古いタオルでいっか」
「タクト」
「お前も手伝ってくれよ、拭くの。タオル持って来るから」
「タクト!」
ちょっと怒ったように名を呼ばれ、仕方なく足を止めた。
「……なんだよ」
そろりと振り返ると、コウキは薄く微笑んでいた。その手には空き巣から渡された手帳がある。
「あしあと拭くの手伝ったら、この手帳、俺が読んでもいい?」
「なっ……!」
そんなの絶対ダメだ!と言おうとしたが、空き巣に言われた数々の言葉たちを思い出し、立ちすくむ。
「……」
あの人は悪いことをしようとした人なのかもしれないけれど、大事なことを必死でタクトに伝えようとしてくれた。空き巣の言葉に目を覚まされるなんて普通ならありえない話だけど、コウキがこんな自分を好きだと言ってくれるのも夢物語みたいなものだから、無理矢理、現実に戻る必要はないのかもしれない。
たまには人の目ばかり気にするのはやめて、人の言葉を素直に信じてみるのも、それはそれでいいのかもしれない。
「……いいけど、床が完全に綺麗になってからな。あと、明日警察に訴えないって言いに行くのも付き合ってくれるんならな」
「わかった! じゃあすぐやる!」
コートを脱ぎ捨て軽装になり、タクトより手早く古そうなタオルを見つけ出し、お湯でしめらせ床をせっせと磨き始めるコウキを眩しいものでも見るように目を細めて見つめていた。
二人の力で、みるみる床のあしあとは消えていく。
それでも消えないものもある。
ふたりの心にそれはいつまでも残されている。そして多分、あの空き巣の心にも。
まるで心を踏みならされたような、泥くさいあしあとがいつまでも残っている。
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