君の心を踏みならす

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3月になっても寒いものは寒い。しかもさっきまで小雨が降っていたから気温は下がっていた。薄夕闇の中、白い息を吐きながら、タクトはアパートに戻ってきた。今日はひとりバイトを休んだ人がいたので、いつもより帰りが遅くなった。 風邪と言っていたので、早く良くなればいいなぁと思いながら鍵を開けようとして、ふと違和感を覚えた。 鍵穴に鍵を差し込む前にドアノブをまわすと、頼りなさげにドアは開いた。開いてしまった。 「え……?」 鍵が空いていた。心臓がドクッと鳴る。室内は電気もついていないので当然暗い。だが、背後からの夕陽に照らされて、タクトの足の下から上がり口のところまで何かがベッタリ張り付いているのが見えた。 泥のついた足あと、だった。 思わずドアを閉めた。中には入らずドアに背中を預けて、叫び出したいのをこらえる。 まさか泥棒? だがタクトは金持ちではなく、ただの貧乏学生だ。このアパート代だって、バイト代で何とか捻出している。鍵をかけ忘れることはたまにあったが、こんなことは初めてだった。 もしかしたらまだ泥棒が中にいるかもしれない。一瞬警察に連絡しようと思ったが、スマホを取り出した時、指が勝手にある番号をタップしていた。ほとんど無意識のままに。
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