缶ジュースの対価

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缶ジュースの対価

 夕日に照らされた駅。  短くしたスカートの裾を揺らし、改札口を駆け抜けて階段を下りた。    急いだにも関わらず電車の扉は無情にも閉まり、音を立てて発車してしまった。七海は人目も憚らず舌打ちする。  電光掲示板を見れば、次が来るまでに時間が空いていた。 「最悪」  苛立ちを隠さず恨めしい声に呟くと、周りにいた人間が面倒を避けるように離れた。冷たい視線を浴びるが七海は気にせず、ガリガリと頭を掻いた。  暇を潰すようなものを持っていない七海にとっては、待ち時間は苦痛でしかない。  致し方ない。  手持ち無沙汰と喉の渇きを解消しようと、傍に設置された自動販売機に近づいた。飲み物を購入する為、鞄から財布を取り出す。並んだ商品を選ぶと手を止めた。  目線を落とせば。  ない。正確には、千円札一枚のみ。だがそれは親にお使いを頼まれて渡された金である。自分の金欠具合に、嫌気が差して重い溜め息が溢れた。諦めて一歩下がろうとしたとき。  唐突に横から腕が伸びてきた。  ぎょっと目を見開く七海に構わず、硬貨が二枚投入されボタンが押される。がたんと飲み物が落ちて、取り出した手が七海に差し出された。 「どうぞ」  優雅に微笑む男の顔に、七海は頬を引きつらせる。背後にいたのは、優等生の皮を被った同級生。腐れ縁の登場に訝しく目を細めた。 「よく、私が欲しいのが分かったね」 「七海は毎回同じの買うだろ、単純だから」  失礼な返しに一々憤慨するのは疲れる、七海は彼の扱いを心得ていた。  お礼だけを伝えて冷たい缶を受け取った。プルタブを開け、口をつける。  炭酸のジュースを流し込む寸前で、止めた。嫌な予感がしたのだ、長い付き合いになる男に疑惑の目を向ければ、彼は心底楽しそうに飲む瞬間を待ち構えていた。  思惑が透けて見えて七海は口から缶を遠ざける。目の前の男がタダでくれる訳がないのだ。 「何の見返りが欲しいの?」 「おや。飲んでくれたら問答無用で頼もうと思ってたのに、残念。宿題をうつさせてほしいだけだよ」  それぐらい自分でやれと七海が不満をこぼせば、用事があり、こなしている暇がないのだと断られる。  女癖の悪い彼のことだ、恐らく他校の女子とデートだろう。七海は胸の痛みを誤魔化すように唇を噛みしめた。 「嫌なら、飲まなくて良いよ。どうする?」  彼は七海の淡く芽吹いた恋情を知っていて甘えているのだろうか。だとすれば悪魔の所業だと睨み付けた。断ろう、ジュースぐらい家まで我慢出来る。そう思うのに。  七海は、無言で缶をあおる。甘ったるいジュースが舌を刺激した。それが答えだった。  彼は嬉しそうに微笑み、優等生らしく丁寧な口調で礼を言うと恭しく頭を下げた。
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