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桜の下で出会った彼
いつも入学式より早く咲く桜が、今年は遅れていた。
高校の正門へと続く坂道は、まだ登校の時間には早くて生徒は少ない。
淡いピンクの花びらが頭上にあるだけで、こんなにも心が浮き立っている。思わずスマホを空に向けるようにして写真を何枚か撮った。
インスタ映えとまではいかないけれど、高校生になった記念。
ただ中学生から高校生になっただけなのに、ほおが緩んでしまう。
ふいに強い風が吹いた。
大きく枝がしなってせっかく咲いた桜の花びらが強く煽られている。
散ってしまいそうなほどの風に、思わず「わー、散っちゃだめ!」と声をあげた。
その瞬間、誰かが吹き出す音がして背後を振り返った。
同じ制服を着た背の高い男子が口元を抑えながらくすくすと笑っている。同じ学年かはわからない。
少し恥ずかしくなった私に、彼は笑みを浮かべたまま言った。
「今日ぐらいは散らないでほしいよね」
優しそうな瞳に思わず頷く。
「本当、そうだよね! せっかくだし」
入学初日から自分に共感してくれる人がいることによけい嬉しくなった。
「私、幸田真尋。同じ1年だったりする?」
「そうだね。オレは」
彼が口を開いた時、「真尋、見つけたー!」と高く響く声が坂下の方から響いてきた。
振り返ると、坂下から走ってくる男女数人がいる。同じ中学出身のメンバーだ。
「アーちゃん! 佐野に唐沢も! なんかみんな早くないー?」
アーちゃんが駆けてきて私に抱きついた。勢いによろめきながら受け止める。
「真尋お! また高校も一緒とかめっちゃ嬉しいよお!」
ふわふわの髪をした小さなアーちゃんが私に抱きついたまま、後ろに顔をのぞきこませた。
「なんか、ちょーうイケメンと話してなかった?」
「イケメン? ああ、今ね」と振り返って、そこにいたはずの男子がすでにいないことに気づいた。坂の上をみあげると、それらしき男子がちょうど正門の向こうに吸い込まれていくところだった。
「また始まったよ。阿久津のイケメンチェック」
佐野の呆れた声にアーちゃんが佐野のすねを蹴るふりをした。佐野が逃げるように私の後ろに回った。
いつもじゃれあう2人の姿に、高校生になった日だというのに、中学生活の延長な気がして不思議になる。
「同中じゃなかった気がするけど」
唐沢が正門の方に顔を向けながら言った。
「うん、知らない男子」
「でもどっかで見たことあんだよなあ。塾かな」
「そうなの? だとしたら頭いいんじゃないの、唐沢行ってたとこ進学塾じゃなかったっけ。私は初めて見たけど」
「まあ……。で、何話してたの?」
「桜が散るのはやだなって」
唐沢が「真尋らしいな」と笑みを浮かべた。
「入学式の日ぐらいはね。そういえば唐沢は部活、決めた?」
「オレ? うーん……やっぱバスケかな。真尋はやっぱ水泳部?」
「もちろん水泳一択!」
ゆるゆると坂を4人でのぼりだしながら、もう一度頭上にずっと正門まで続く桜を見上げた。
さっきの男子と同じクラスになるかはわからないけど、友達になれるといいなとなんとなく思いつつ。
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