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手首をつかまれている時間がやけに長い。
どうしよう、どうしよう、ってばかり頭がぐるぐるしていた時、生徒会室のある廊下を何人かが歩く音が聞こえた。
田ノ上くんがパッと私の手首を離すと同時に、生徒会室のドアが勢いよく開けられた。
「いっちばんノリー! ……じゃなかった。うわー1年生?」
元気のいい声に顔をあげると、上級生たちが生徒会室に入ってくるところだった。
「早いねー、もう来てたんだー? って、ナマ田ノ上くんだあ!」
1人の大人っぽい女子の先輩が駆け寄ってくる。ゆるやかにウエーブした髪がふわふわしていて、アーちゃんが憧れる雑誌モデルみたいな雰囲気だ。
私はホッと息をついて、そっと手首をさすってから教科書や問題集を片付け始めた。
「やっぱりすっごいイケメンだねー」
「……どうも」
「あはは、うわさどおりの塩対応! 礼儀正しいのに、全然心こもってないってホントだったー。今期の生徒会、楽しいかもー」
きゃははと高い声で楽しげに笑うその先輩に思わず尊敬の眼差しを送ってしまう。
「水野うっせーぞー。席つけって」
「あ、勉強してたのー? 1年生だよね?」
女子の先輩が今度は田ノ上くん越しに私の方を見た。その向こうから、一番最初に生徒会室に飛び込んできた元気のいい男子の先輩が楽しそうな足取りで近づいてくる。
「オレら来るまで勉強って真面目か! で、なになに、数学? 今どこやってんの? オレ、数学めっちゃ教えられるよー?」
「ちょっと高遠、うっさい。私がこのかわいい子と話そうとしてたのに!」
2人の先輩が押し合いへし合いするようにしているのに呆気にとられていると、わずかに田ノ上くんが男子の先輩の方を見た。
「数学、オレも好きなんですよね。ちょうど復習にもいいから、真尋の課題を片付けてたところなんです。ね?」
田ノ上くんが私に振り向いてにっこり笑った。
その笑みに縛り付けられたように、私はその場に硬直した。
明らかな牽制とわかる、圧のある物言いに、水野と呼ばれた女子の先輩も、高遠という男子の先輩も、一瞬動きを止めて、私と、それから田ノ上くんを交互に見た。
なんか、まずい気がする。
「あ、あの。私がわからない問題にひっかかっていたら、田ノ上くんが気を使ってくれて。学年トップだし頭もいいから、教えてもらってたんです」
誤解を解くように慌てて言い募ると、「うっそ、学年トップ!?」と高遠先輩がとびあがるようにして田ノ上くんから離れた。
「なに、イケメンで頭もよくてって、王子とか呼ばれてんの、まじネタなの!?」
「王子じゃないですけど……」
少しうんざりしたような田ノ上くんが、私をちらりと見た。
「せっかく真尋と勉強できてたのになー……」
ほんの小さな声だったのに、近くにいた水野先輩にはばっちり聞こえていた。
「え、え、なに、幸田さんと田ノ上くんって」
水野先輩が好奇心たっぷりの顔で私と田ノ上くんを交互に見る。アーちゃんに似ている気がする。
「ち、違います違います。全っ然、今日、初めてちゃんと話したくらいで!」と慌てて手と頭を振った。
水泳部にもファンは多いから、田ノ上周ファンに睨まれるのだけは避けたい。なるべく適度な距離を保っていたい。だから誤解なんて、絶対されたくない!
頭をぶんぶんと振る私に、田ノ上くんが小さくため息をついた。
誰のせいよ! と内心で怒鳴りつけた時、「いい加減席つけー」と穏やかな声が響いた。
「あいかわらず落ち着きないなー高遠、水野。幸田さんも田ノ上くんも初めてなんだから、あんまり生徒会に変な印象与えんなよ?」
メガネをかけて落ち着いた雰囲気の男子が黒板の前のテーブルの中央に座った。
その隣に黙ってテーブルに書類を配っていた小柄な女子の先輩も静かに座った。
その2人に「はいはい」とか「いえっさー」とか言いながら、水野先輩も高遠先輩もそれぞれ近くのテーブルについた。
私も田ノ上くんもそれを合図に、さっき座っていたところに座った。
「とりあえず時間だ。はじめるぞー」
そう言って、中央の、生徒会長に立候補して見事当選していた男子が立ち上がった。
「本日、ここに45期生徒会を発足する。生徒会長の芹山だ。これから1年間よろしく」
「会長ー。相田と葛西がまだ来てないけどー」
「まあそのうち来るだろ。あいつらは前期もいたし、とりあえず今日は顔合わせまでだから。っていうことで、1年の、幸田さんと田ノ上くん。2人以外はみんな生徒会経験者だから、あんまり心配することはないと思う。わからないことがあれば、聞いてくれれば全然いいし」
「自己紹介は、とりあえず相田と葛西が来てからにするー?」
水野先輩の声に、会長の芹沢先輩は頷いた。
そこに廊下を走ってくる音がして、勢いよくドアが開いた。
「わっりい、遅れた!」
「すんませんっ」
部活のジャージ姿の男子が2人飛び込んできた。片方はたぶん、唐沢と同じバスケ部のジャージだ。
芹沢先輩がちらりとその2人をみやった。
「部活か?」
「ちょっと顔出すつもりが本気で」「大会のことで」とか口々に2人が言い、空いている席に向かった。その途中で、並んで座る私と田ノ上くんに目を止めた。
「うっわ、かわいい子がいる! やっべ俄然やる気出てきたー! あ、オレ相田ねー!」
「ほんとかわいー! ってあれ、隣もすげーなオイ。マジイケメン。ガチイケメン。初めて見たわーオレ」
「ちょっとお。若けりゃいいってもんじゃないでしょー」
男子の先輩2人に水野先輩が憤慨したように立ち上がった。
高校の生徒会だから知的なイメージを勝手に持っていたけれど、本当に勝手だったかもしれない。
私は呆気にとられて目の前で繰り広げられるも先輩たちを見ていたけど、田ノ上くんはどこかけだるそうに眺めている。
「いい加減にしろ!」
いきなり怒鳴り声が飛んできて、びくっと肩をすくめた。
「初回からわーわーぎゃーぎゃー、1年もいるっていうのに、さっさと席つけ!」
怒鳴られた2人の遅刻してきた先輩が肩をすくめながら、でも反省している気配は全くなく席についた。
水野先輩は少しおもしろくなさそうな顔をしているけど、高遠先輩はからかう顔で2人に合図している。
でも一番感心して見たのは、怒鳴った当の芹沢先輩の隣に座る、確か副会長に立候補していた真砂という女子の先輩。彼女だけが全然、動じた様子もなかった。
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