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「ただいま」と言いながら玄関ドアを開けると、「お姉ちゃん!」とリビングから廊下に千尋が飛び出してきた。
「遅いよー!」
「ごめんね」と謝りながら玄関の三和土に揃えられたパンプスを見つけた。
母が帰ってきている。
「千尋、夕飯は?」
「お姉ちゃん待ってたのー!」
「ごめんね」
また謝って引っ張られるようにしてリビングに入った。
「お帰り」
キッチンに立つ母が振り返った。
ジャケットは脱いでいるものの、まだ着替えないで味噌汁を作っている。たぶん千尋が待ちくたびれているからだろう。
「ただいま!」と努めて明るく返事をした。
さっきあったことなんて、絶対気取られないようにしたい。それでなくても、母は仕事が忙しくていつも疲れた顔をしている。
「遅かったじゃない。もう少ししたら連絡いれようと思ってたのよ。生徒会ってこんなにかかるの?」
「今日は、初回だからしょうがなくて。次からは部活と同じくらいじゃないかな。今日はお母さん早かったの?」
「そう。久しぶりにね。どっか食べに行こうかと思ったら、真尋帰ってないんだもの。あ、ちーちゃん、お茶碗とって」
千尋が母にまとわりつくようにして嬉しそうに手伝っている。
やっぱり母がいつもより早い時間に家にいるのが嬉しいんだろう。
それはそうだと思う。
まだ10歳なら、友達のことや勉強のこと、学校であったいろんな話を母に聞いてもらいたいのに、いつも千尋は我慢している。
私にいろんな話をしてくれるけど、やっぱり姉ではなく、母なのだ。
「お母さん、手伝おうか?」
「いいわよ、真尋も初めての生徒会で疲れたでしょ。こっちはいいから手を洗って着替えておいで」
母の言葉に甘え、手洗いをして2階の自分の部屋に向かった。
ドアをしめてようやく息を吐いた。
なんだか今日1日だけでいろんなことがありすぎて、だいぶ疲れている。
ふらふらとベッドに向かって、そのまま前に倒れこんだ。せっかく千尋は母と2人でいられるのだから、その時間を奪うのも可愛そうな気がして、しばらく部屋でごろごろすることにする。
ベッドに倒れ込んだ瞬間にポケットから飛び出したスマホに手を伸ばした。
周の連絡先が入っている。
アーちゃんや女子たちが騒ぐ王子と呼ばれる男子に、まさか家まで送られたり、下の名前で呼び合うはめになったりするとは思わなかった。
それに、彼は他の男子と比べて、なんだか距離が近い。
抱きしめられたり、耳元で囁かれたり。そんなの普通じゃない気がする。
でもそういうのにあまり興味がなかったから、単純に私が知らないだけで、そういうのが普通かどうか判断つかない。
「あーっ」と枕に顔をつけて声をあげた。
周とどう距離をとっていいのかわからない。
なんだか変な感じになる自分もいや。
じたばたしていると、ふいにスマホが着信音をたてた。
メッセージじゃなくて、電話だ!
慌てて画面をのぞきこむと、周からだった。何か言い忘れたとか、だろうか。
「もしもし?」
「真尋?」
「うん、あの、どうしたの?」
「別に用ってわけじゃないけど、大丈夫だったかなって」
「あ、えっと。うん、もう大丈夫です」
「ああいうのって何かのきっかけでまた思い出したりして怖くなったりするから、少し心配で。大丈夫ならよかった。急に電話かけてごめん」
「あ、ううん」
「じゃあ、また明日ね」
それで周からの電話は切れた。
わざわざ心配して電話をかけてきてくれるとは思ってもいなかった。また枕に顔を埋めた。
「ほんっと、王子じゃん!」
なんで女子が王子と騒いでるのかわかった気がする。
そう思った時、ピコンとメッセージの着信音がした。
またスマホの画面をのぞくと、〈言い忘れた。今日は早く休んで〉とお休みスタンプがついていた。
周からだ。
どこまで気遣ってくれるんだろう。
ここまで思いやってくれると、相手が王子だからとかじゃなく嬉しい。
〈今日は本当にありがとう〉とお休みスタンプを返す。すぐ既読がつくのも、なんだかひどく心が浮き立ってしまう。
やっぱり、いつもの私と違う気がする。
「真尋ー! ご飯できたわよー!」
下から母の声がして、私は返事とともにベッドから起き上がった。
制服を着たままテーブルにつくと、母に叱られる。急いで部屋着に着替え始めた。
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