不穏な毎日の中で

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「真尋、ご飯しよー」  弁当を手にA組で仲のいい希沙や真知が寄ってきた。 「あれ、また購買部のパン?」 「うん、朝作ってる暇ないし」  共働きの母もましてや父も、弁当をつくるという習慣はあまり持ち合わせていない。だったら好きなものでも買って食べたほうがいいという考え方だ。いい意味でも悪い意味でも、放任主義なのだ。  もともと母が料理が苦手ということもあるだろうけれど、私も料理を好んでするタイプじゃないから、お弁当に思い入れがあるわけでもなかった。  いちおうお昼代として1ヶ月分渡され、私はその中でやりくりする。だから今日は購買部のあんホイップコッペパンだ。 「そういや真尋、初生徒会の集まりあったんでしょ? どうだったー?」 「顔合わせだけって聞いてたのに、11月に文化祭あるでしょ? その議題で早々に白熱した」 「やっぱそうなるよねー。今の生徒会のメンバーってできる人たちばっかなんだって。そこに真尋と王子って、最強じゃん?」 「そうかなあ。ついてけるか分かんないけど、がんばるしかないし」  大きな口をあけて、コッペパンにかぶりつく。 「真尋ってよくそれ食べてるけど、よく太んないねえ」  少し呆れたような顔で真知が苦笑した時だった。  廊下が騒がしくなった。 「いや、オレ関係ないっすから! ちょ、待ってください! オレは」  なんだか情けない声がして、それが聞き覚えのあるものだと気づいた。唐沢の声だ。 「お前がいなきゃ、わっかんねーじゃんかー」 「いやいや、オレ昨日会ってるししゃべってるし!」  近づいてくる元気な声は複数入り乱れていて、クラスメイトたちがなんだろうと開け放された廊下の方に顔を向けた。  そこにどやどやと複数のジャージ姿の男子がなだれこんできた。背が高い人が多くて、それだけ目立つ。  そしてA組の教室の前で中の様子を確かめるようにした。  その一群の中に首根っこを腕でホールドされたままの唐沢を見つけた。  まさか、と嫌な予感がした時、 「あ、あの子あの子! まっひろちゃーん!」と昨日聞いたばかりの相田先輩の声が響いた。 「オレオレ、2年相田でーす!」 「オレオレ詐欺じゃね?」とからかわれながら、相田先輩が私に手をぶんぶんと振った。  これは、まさかの。  唐沢の今朝の言葉を思い出す。 「ちょっと、真尋、あれってバスケ部じゃない? 呼んでるよ?」  唖然としていた希沙が私を見た。  いや、見ないで。このままスルーさせて。  そう願ったのも塵のように儚く、「あれー、真尋ちゃーん!」と何度も相田先輩が名前を連呼する。用があるわけじゃなくて、単におもしろがりにきただけなのだ。  でも希沙と真知も心配しつつも、おもしろがっているのかかすかににまにましながら私を見ている。 「あの子? あの、コッペパン食べてる? そう? 唐沢」 「……っす。あんホイップの」 「あんホイップコッペとか、かわいくね? 口の脇にクリームついてんし」  慌てて唇の端のホイップを拭った。  わっとバスケ部の先輩たちが「かーわいー!」と笑った。  スルーはやっぱり無理かも。  諦めて廊下側に立つ先輩たちに顔を向けた。  羽交い締め状態な唐沢が両手を合わせて私に謝るポーズをとっている。 「こっち見た! 真尋ちゃーん!」  男の先輩たちが声を揃えて呼んだ。相田先輩が嬉しそうに手を振っている。 ぺこりと頭を下げた。 「頭下げたよ! かっわいー!」 「いいコー」 「うるさくしてごめんねー」  とりあえず誰かわかったことに満足したのか、バスケ部の先輩たちが楽しそうに手を振りながら去っていく。もちろん唐沢を引きずりながら。  最悪だ。  姿が見えなくなった瞬間、思わず机に身を伏せた。ざわつくクラスメイトの視線が痛い。 「すごかったね……」 「大丈夫、真尋?」 「大丈夫なわけないでしょー……。本当、恥ずかしすぎる」  あとで唐沢に文句の一つでも言わないと気が済まない。そう思った時だった。  教室が大きくどよめいた。希沙がうわずった声で私の名前を連呼しながら腕を慌てて連打してきた。 「痛いよ、もう今度はなによー」  うんざりしながら顔をあげると、希沙と真知が視線で廊下の方を見るように何度も合図している。  もしかしてバスケ部が戻ってきたのかと思って廊下に目をやって、思わず動きを止めた。  教室のドアのところで周が私に向かって少し笑みを浮かべながら軽く手をあげた。
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