桜の下で出会った彼

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 同中の仲がよかった3人とは違うクラスだったけど、振り分けられたA組には他にも同じ中学校から来た人がちらほら混じっていた。  やっぱり学年が一つあがったくらいの感覚だ。  でも入学式が行われる講堂で、上級生たちに「おめでとう」と誘導されながらクラスごとに並ぶと、少しずつ緊張してきて、今日から高校生なんだってことの実感が湧いてきた。  式はお決まりの流れ。  思ったより若い校長先生の年齢を予想したり、横に並ぶ先生たちの顔ぶれを眺めたりするのも飽きて退屈しはじめた時、「新入生代表あいさつ、田ノ上周くん」と司会進行の先生がよみあげた。  周りがどよめいたような気がしたけれど、その理由は私にはわからなかった。  堂々と落ち着いた声が返事をして、ステージの階段を男子生徒がのぼっていく。  今朝、桜の坂道で話をした人だ。  名前を聞く前にアーちゃんたちの乱入でいつのまにか姿を消していたけれど、まさかこんな形で名前を知ることになるとは思わなかった。 「ヤバい、すっごいかっこいいんだけど」 「中学くらいから有名じゃなかったっけ、田ノ上って人」  背後の方で女子がささやきあっているのが聞こえた。しかもそれがいろんなところから聞こえてくる。  その時、ポケットの中のスマホが軽く震えた。  そっと取り出すと、画面にアーちゃんからのメッセージが映し出されていた。 〈今朝のイケメン! ちょーうかっこいいいい!〉  アーちゃんのイケメンレーダーは外れてなかったなと思いながら、スタンプだけで返事をして、そっとポケットにしまいこんだ。  彼の姿をA組には見かけていないからたぶん違うクラスなんだろう。  いつか話す機会があるかもしれないけれど、その時はその時。特に意識するでもなく、代表あいさつをする彼を見上げた。  彼は一礼して、壇上であいさつ文をとりだすかと思ったら、そのまま手元に原稿もなしに口を開いた。 「うわ、暗記?」 「アドリブじゃねー? マジか、すごくね?」  確かにすごい。  原稿もなしにあいさつしている。  緊張した様子もない彼の姿に、新入生の間や後方の保護者の間からざわめきが聞こえていたけれど、そのうち彼のあいさつに引き込まれるようにしんとしていった。 「――桜咲く坂で笑顔を見せてくれた人のように、これからの新しい学校生活を友人といい刺激を与えあいながら笑顔に満ちた日々にしていきたいと思います。 校長先生、先生方、そして先輩方、暖かなご指導をよろしくお願いいたします。 新入生代表、1年D組、田ノ上周」  最後までよどみなくあいさつした彼に、一気に拍手がわきおこる。  思わず私も強く手を叩いていると、頭を下げた彼がふとA組の方に顔を向けた。  そしてかすかに笑みを浮かべたような気がした。
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