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やっぱり連絡するしかないかー、と自分のことながら苦笑しつつ放課後の教室で集めた数学の課題ノートを人数分整えて立ち上がった。
どうしても人数分には足らない。出してない生徒の顔を思い出しつつ、部活先まで追いかけるかと悩む。
そうすると、私が自分の部活に遅れてしまう。
「んーどうしよっかな。明日必ず出してもらうしかないかなあ」
悩みながらノートを抱えて廊下に出ると、ちょうど目の前を通りかかった人にぶつかりそうになった。
「うわ、っぶね」
寸前で交わした男子がわずかにバランスを崩しかけ、「っとセーフ」と言いながら体勢を戻した。
「ごめんなさい、だいじょうぶ……って唐沢」
ずり落ちかけた上のノートをゆするようにして戻しながら、思わず苦笑した。
同中の唐沢だ。バスケ部のジャージを着ている。
「真尋かあ。びびったわ」
唐沢が私を見て、腕の中のノートの束を見た。
「あいかわらず好きだよなあ、学級委員とか。中学ん時とやってること変わんなくね?」
「いいの、楽しいし」
中学ではほとんど毎日つるんでいた唐沢とは、1学期も終わりに近い今では、こうして廊下で時々行き逢えば話すくらいだった。それは佐野もだ。
アーちゃんとは、同性同士なんだかんだと遊んだりはするけれど、それぞれクラスの中での友達もできたりして、前ほどではない。
「まあそれが真尋っちゃ真尋だしな」
「唐沢は今から部活? つうか、なんかまた背のびてない?」
「わかるー? 180超えたわ。これモテ期来そうじゃないの、オレ」
にやつく唐沢に「佐野みたいなこと言ってないで部活行きないよ」と適当に返事をする。
「なんだよ、冷たいな」と唐沢がむっとしたように言いながら私の腕の中から半分以上ノートをもちあげた。
なんだかんだ言って、中学の時から唐沢はさりげなく私が学級委員や生徒会で忙しくしていると手伝ってくれていた。
「ありがと」
2人並んで職員室の方へ歩き出す。
「なんか中学ん時みたいだな」
「まあね。高校生になったからって、何が変わるってわけじゃないんじゃない?」
「まあオレも真尋もたいしてやってること変わんないしな。でも阿久津はカレシほしいってのにさらに磨きかかってるけどな」
「あはは、アーちゃんはね。中学じゃカレシできなかった分、高校こそはつくるんだって。私はそういうのわかんないけどね」
「真尋、マジで全然興味ないわけ? 最近、佐野も色気出してきてんぞ?」
「カレシがほしいの前に、好きな人さえできない私に聞かないでよ」
隣で唐沢がおおげさなため息をつくのが聞こえた。
前からアーちゃんには信じられないと言われるけれど、アーちゃんのいう意味で男子をいいなとか好きとか思ったことがなかった。
告られたことも一度や二度じゃないのに、そういう気になれない。なんでかは自分でもわからないけれど。
職員室まで来て、ノックしながら「失礼します」と足を踏み入れた。机をまわりこんで、数学の山田先生のところへ近づく。
「先生、A組の課題ノートです」
「おお、幸田か。唐沢? お前A組だったか?」
「手伝いっす」
「ああ、お前ら同じ中学だったっけ」
私と唐沢がそれぞれ先生の机の上にノートを乗せる。
「三島くんと大賀くんの分だけ集められませんでした」
「逃げられたか」
「すみません、明日には提出させます」
「悪いな、頼む」
山田先生に頭をさげて職員室の扉に向かった。
「失礼しました」と頭をさげて出ようとした時、私が手で開ける前に扉がからりと開いた。
顔をあげると、田ノ上周がいた。
なんとなく正面に向き合った形になり、身をひこうとした瞬間、田ノ上周が先に脇に避けて「どうぞ、幸田さん」とにっこり笑みを浮かべた。
「ありがとう」
自然に人に譲れるなんて、どこまで完璧男子なんだろう。感心しながら頭をさげて、職員室を出た。
「唐沢、部活遅刻させてごめん」
「いや、こんくらい。最近話す機会もなくなったし、こういう時くらい頼ってよ」
唐沢とそう言葉を交わしながら歩き出した時、「幸田さん」と背後から呼び止められた。
振り返ると、まだ職員室に入らないままで田ノ上周が扉に少し寄りかかるようにしてそこにいた。
「幸田さん、水泳がんばって」
まっすぐ私を見つめて、にっこりと笑みを浮かべた。
一瞬驚いたものの「ありがとう!」と返すと、田ノ上周は軽く手を振った。
「真尋、部活大丈夫かよ、けっこう遅刻だろ」
唐沢に急かされ、ハッとスマホの時計を見た。
「あー、まずいかも」
「さっきの田ノ上だろ。知り合いだったの?」
「知り合いっていうか、入学式の日に少し言葉交わしたくらい?」
「へえ……」
それきり黙り込んだ隣をみあげた。少し眉根を寄せているのは、唐沢が考え込んでいる時の癖だ。
「どうしたの?」
「いや。なんつうか、あいつ、全然、オレの方見なかったなと」
「ええ、そうだったの? 気のせいじゃなくて? とりあえず、部活部活。遅刻させちゃって悪かったねー。手伝ってくれてありがと」
そう言って私は唐沢の背中を軽く叩くと、水泳部に出るためにA組の教室へと走った。
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