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「うそ、今日、サッカー部に田ノ上くんいるんだけどー!」
100メートルを泳ぎ終えてプールからあがった時に、プールサイドで休んでいた先輩女子たちが一気にフェンスに張り付くのが見えた。
バスタオルを羽織っているとはいえ、水泳部だから水着姿だ。とはいえ、グラウンドと少し高台にあるプールとの間にはだいぶ距離がある。
「きゃあ、かっこよすぎる!」
「田ノ上くーん!」
よくサッカー部に田ノ上周がいるなんてわかったなあと感心しながら、バスタオルを拾い上げた。
「ヤバい、田ノ上くん、こっち見てない!?」
「どうするどうする!? 悩殺できないかな、悩殺!」
「こっからじゃ見えねえっつの!」
きゃあきゃあと先輩も後輩もなく女子部員たちがフェンスに張り付いているのを、男子部員が呆れて見ている。
「本当、田ノ上、王子かよ」
「いやもう他校にファンクラブできたとか聞きましたよ」
「マジか」
なんだかんだ男子部員までも田ノ上周が気になってるらしい。
本当にすごいなと思いつつ、更衣室前で部長と話をしている顧問のそばに歩いていった。
「ねえ、やっぱこっち見てるって。田ノ上くーん!」
女子たちの黄色い声を背中で受けながら、「先生」と声をかけた。
「どうした幸田」
「すみません、やっぱり肩の調子がよくないので、今日はあがります」
「そうか。あまり無理するなよ」
頭を下げて、更衣室へと足を向けた。
視界の端に、まだフェンス越しにグラウンドに向けて田ノ上周に騒いでいる女子たちがいる。
「おら、お前らいい加減にしろー。新人戦もうすぐなんだぞ」
顧問の厳しい声に、女子部員たちがフェンスからばらばらと離れる。
「真尋、帰るのー?」
「うん、ごめん。今日はちょっとあがるね。掃除ごめん」
「いいよ、大丈夫ー」
同じ学年の部員たちにごめんねと手を合わせながら、更衣室へと入った。すぐにシャワー室に入り、シャワーを出すと同時にため息をついた。
思ったより肩の調子が悪い。
この調子だと、新人戦では結果を残せないし、それ以前に出場さえできないかもしれない。
今はあまり無理をしない、という先生の方針もよくわかる。
でも高校に入ってからタイムは伸び悩んでいるし、中学の時と違ってそれなりに強い水泳部だけあって、所属する部員たちの実力も高い。
その中で抜きん出なくてはならないのに。
ぬるいお湯をかぶりながらも、ぶるりと体を震わせた。
思った以上に精神的にダメージが大きい。
寒気すら覚えて、シャワーの栓を止めた。バスタオルをばさりと頭からかぶり、軽く肩を回しかけて、違和感を覚える。
無理をしない。
そう言い聞かせても、新人戦に向けて練習を積み重ねている周りを見てしまうと、どうしたって焦りが生じてしまう。
ため息をつきかけて、逆に大きく息を吸った。そして両ほおを両手でパンと叩いた。
弱気になっていたら、その時点で負けだ。
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