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モノトーンの外壁をした私の家は新興住宅地の一郭にあった。
スクールバッグを肩にゆすりあげ、玄関ドアに鍵を差し込みかけた瞬間、鍵が開く音がした。
思わず笑みを浮かべてドアを開けた。
「おかえりなさい!」
父の大きなサンダルをつっかけて、ドアに手をかけた千尋が私を見上げている。
「ただいま千尋ー。もう夕食食べたー?」
「うん、ラーメン食べたよー」
「そうなの? テーブルにママからのお金置いてあったでしょ?」
「でも、お湯でゆでるだけだもん、お金使うよりは経済的だよね」
経済的、と澄まして大人びた言葉を使うのがかわいい。
どんどんしっかりしてきてるなと思いながら千尋の肩をくるりと中へと向け直し、玄関ドアを後ろ手に閉めた。
まだ小学4年生の千尋は、私のスクールバッグを受け取ろうとする。
父と母が共働きのせいで、小さなころから姉妹2人でいることに慣れていて、寂しいとも言わない千尋が哀れで、でもかわいかった。
「千尋じゃ重いよー」
「じゃあ遠慮しとくー」
「遠慮するんだー?」
小さく笑いながら、リビングのソファにスクールバッグを置いた。
「お姉ちゃん、手洗いとうがいね」
母そっくりの口調の千尋に「はいはい」と頷きながら、洗面所に向かった。
「お姉ちゃんもラーメンでいーい?」
「えー千尋がつくってくれるのー?」
「千尋は4年生なの。このくらい全然できるに決まってるでしょ!」
「そっか。千尋は偉いねー。じゃあお願いしよっかなー」
「お願いされまーす」
嬉しそうな幼い声で言いながら、洗面所までついてきた千尋がキッチンへと戻っていく。
廊下を歩く音のあどけなさに、かわいいと思いつつ言われた通りに手洗いとうがいをして、顔をばしゃばしゃと洗った。
千尋の顔を見たら、さっきまで落ち込んでいた気分も少し軽くなっている。
それでも軽く肩を回してみる。
やっぱりかすかに痛みが走る時がある。
自由形のクロールを得意としている以上、肩がいつ故障するかはわからないけれど、こんなに早くにその可能性が出てくるなんて思ってもいなかった。
「お姉ちゃーん! できたよー」
キッチンから千尋の声がして「今行くー」と声を張り上げた。
千尋の前で落ち込んでる顔なんて見せられない。
いつだって文句一つも言わずにがんばっているあの子に寂しさを感じさせるようなことなんて、絶対にしたくなかった。
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