生徒会での再会

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生徒会での再会

 8月末に行われた新人戦に出られないまま、私の夏休みは肩に負担をかけない程度の自主練習と筋トレ、水泳部の手伝いと夏期講習とでほとんど終わったようなものだった。  水泳をやれないなら勉強を、という両親の意向で高校1年から夏期講習に通わせられるとは思わなかったけれど、それなりに刺激も受けたし、まあまあの夏休み、という感じだった。  千尋は両親のすすめで祖父母の家に夏休みの間ずっと預けられていた。  実質、朝から夜まで1人で過ごしていたようなもので、のんびりできたような寂しいような余韻のまま2学期を迎えてすでに9月も終わりかけている。  夏の断末魔みたいな日差しにうんざりしながら、教室で水泳部の新人戦記録や結果を部のためにまとめ、ようやく最後の総合結果を書き込んで息をついた。  表彰台は先輩たちが3人。  入賞者には1年生から1人。  微妙な結果だ。  大会にはついていったけど、基本的にはマネージャーみたいなことをしていたから、中学で顔を合わせたことがある選手の中には、私の立ち位置に首をひねる人もいたらしい。  でもそれは仕方ない。  無理をして出る方法もあっただろうけど、それで肩を壊すよりは、例え成績という形にならなくても、泳ぐことを奪われなければいい。  そんな考え方で、今は自分を納得させている。  そろそろ部室に行って、ノートを戻し、あとはみんなの練習の進捗を確認しなくては。自分が今できることはそれだけだから。  そう思いながらスクールバッグを手にして立ち上がった。  その時、クラスメイトの希沙が教室に飛び込んできた。 「真尋、おめでとう! 生徒会当選だよー!」  嬉しそうに息せき切って近づいてくる。  夏休みが終わってすぐ、担任の間中先生から生徒会をやってみたらどうか、と誘われたのだ。  おそらく水泳部顧問の先生が、私の状況を間中先生に話したのだろう。  このまま水泳部のマネージャーのような仕事をしているのもいいけれど、もっと学校そのものを動かすようなことをしてみないかと。  日常生活に支障はないものの、今のままでは、いわゆる大会に出場して上位を目指すような水泳を続けるのは難しい。きっと顧問はそう判断したのだろう。  そんなに腐っているように見えたのかと一瞬、嫌な気分にもなったけど、でも確かに良い機会かもしれないとも思ったのだ。  それに立候補したところで、定員以上の立候補者がいれば、選挙になる。  そうなれば当選するかどうかもわからない。  でも、気分を変えたかった。  好きでやってきた水泳ができない今、自分がそこにいていいのかわからない不安に落ちていってしまうよりは。  希沙は寄ってきたクラスメイトにも自慢げに私の当選を伝えている。 「希沙。でも正式な告知、明日じゃなかったっけ?」 「そうだけど! でもおめでたいし、真尋に言いたくて!」  希沙は選挙管理委員だ。  たぶん、つい今しがた開票作業を終えてその足で飛んできたんだろう。  自分のことのように嬉しそうにしている希沙を改めて見つめた。 「本当はいけないことなんだろうけど……でも、知らせたくて来てくれた気持ち、嬉しい。ありがとう、希沙」 「全然いいの! それに真尋のそういう謙虚さが、当選できた理由だと思うんだ。だってね8名の枠に13名だったでしょ? その中でも真尋上位だったんだよ」 「ほんと? すっごいじゃん、真尋」 「大変だろうけど、がんばれよー。で、1位だれ?」  教室に残っていた数名のクラスメイトに口々にお祝いや励ましの言葉をかけられながら、1位が誰かという質問にニヤついた希沙の顔を見た。 「上級生でしょ、ほら、去年副会長やってた……」 「違うんだなあーこれが。今年は、ほらいるでしょ。圧倒的……」 「まさか、田ノ上くん!?」 「あったりー! すごかった。ダントツ1位。得票数は明日出るけど、ぶっちぎり」  希沙たちの話を聞きつつも、あの王子と称される田ノ上周の笑顔を思い出す。  入学式の日に一度だけ言葉を交わしただけでしかない私のような相手でも、ちゃんと友達として認識してくれているらしく、廊下や登下校の時なんかにたまたま行き合うと、「おはよう」とか「また明日」とか、声をかけてくれる。  彼のファンだと公言するクラスメイトの女子には最初は反感を買ったけれど、一度話をしたことがあるからと説明したら、「それだけで挨拶をきちんとするなんてやっぱり王子!」とか、田ノ上周の評価があがってしまったくらいだ。 「じゃあ、真尋、田ノ上くんと一緒なの!? すっごいうらやましいんだけど!」  いつのまにか私の当選には関心がない顔して、教室の後ろでだべっていたグループの女子たちも私を取り囲んでいる。  けっこう目の色が変わっている気がする。 「あはは、うらやましいって、生徒会って別にそういうところじゃないし。私、そういうの興味ないから」 「そりゃそうよ! カレシとかに興味がある女だったら、絶対許さないし!」 「真尋じゃなかったらホントやだよねー」  田ノ上周のファンはけっこう怖いぞ。  唐沢がそんなことを言っていた気がする。  あんまり彼には近づかない方がいいな、と思いつつ、とりあえず水泳部の部室に向かうことを伝えて逃げるように教室を出た。  田ノ上周ファンの反感は買わないほうがいい。  そう胸に刻み込んだ。
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