オンライン女子会

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「はい。それでは始めまーす。皆さんグラス持ってくださーい」  定刻きっかりに主催者役の彩香が発声する。その声に合わせて、私を含めた他の三人の参加者が各々自分の飲み物をウェブカメラの前に持ちあげて見せる。 「それじゃ、みんながリアルで再会出来る日を願って。カンパーイ!」 「カンパーイ!」  私達四人は学生時代からの友達で、今でもとても仲が良い。ほぼ毎月のように集まってはご飯を食べたり、偶には一緒に旅行に行ったりしていたのだが、昨今の状勢ではそういうことも難しくなった。でも、やっぱりみんなの顔を見たり声を聞いたりしたい。せめてもということで、彩香の提案で、このオンライン女子会が始まったのだが、やってみると、これが意外に楽しい。わざわざ出かけて行かなくても良いし、帰りの心配も無いから、自分のペースで好きに飲んでいられる気楽さもあって、みんな一発ではまってしまった。これでもう四回目になる。 「あれ?由美子?彼氏呼んでたの?」  始まって早々、突然智美が妙なことを言いだした。 「彼氏?はあ?」 「隅に置けないね。なんだ、言ってくれれば別の日にしたのに」 「あんた何言ってんの?彼氏って何?」 「だって後ろに男の人がいるじゃん」 「……ちょっと、やめてよ」  由美子が気味悪そうに顔をしかめる。でも、私には由美子の後ろには何も見えない。 「だって、映ってるよ。あんたの後ろに立ってる」 「やめてってば!」 「なら、後ろ見てごらんよ」  智美の言葉に、由美子は一瞬間を置いた後、凄い勢いで後ろを振り向いた。 「……誰もいないじゃない」 「アハハハハハ。ごめん。でも、一瞬ドキッとしたでしょ」  画面の中で智美が笑い転げる。 「もう、いい加減にしてよ!全然面白くないし、不愉快になるだけじゃない」 「ごめん、ごめん。でも、オンラインて言うと、一度こういうのやってみたくてさ」 「しょーもな」「智美、今のはブーよ」  一同智美にダメ出しを浴びせる。 「確かにオンラインてさ、何故か妙に怪談話と相性がいいのよね」 「そう。こういうご時世だから、怪談師とか怖い話が得意な芸人さんとか、オンラインで発信する人増えてるしね」 「もともと通信機器とかAV機器とかって霊と相性がいいみたいよ」 「この飲み会でも何か起きたりして……」 「やめてよー!」 「アハハハ、由美子って本当に怖がりだよね」 「本当、昔からそうだったよね。もう面白いくらい」 「もう、面白がらないでよ!」 「まあ、この回線、時々固まっちゃったりするし、もともと画質も少しぼやけてるしね。たまに変なものが映ってるように見える事もあるでしょ。まあ、いいじゃん、元気な声が聞こえれば」 彩香が取りなすように言った。 「そうそう。画像はちょっとブレたようになるけど、声はちゃんと聞こえるし。もともとお喋りするために集まってるんだしね」 「そう言えば、彩香の顔が何となく、お天気キャスターのK子さんに見える」 「あ、似てるー!そっくり!」 「そう!あたしも始まった時からそう思ってた!声さえ聞こえなければ本人みたい!」 「えー、そうかなあ」  彩香が不満そうな声を出す。 「そう、本当そっくり。ドッペルゲンガーみたい」 「そうか、彩香ってK子さんのドッペルゲンガーだったんだ。凄ーい」 「もう、どこが凄いのよ。それ全然嬉しくないんですけど。あたしあの人の声が嫌いなのよ」  今度は彩香が顔をしかめる。 「アハハハ、マジにならないでよ。偶々この画面に映ってる彩香がK子さんそっくりだってだけよ」 「ドッペルゲンガーって言えばさ、自分のドッペルゲンガーと出会ったら間もなく死ぬっていうよね」 「あれって三人見たら死ぬんじゃなかったっけ?」 「そう、あたしもそう聞いた」 「一人見たら駄目っていうのもあるし、三人目を見たら死ぬっていうのも、両方聞いたことある」 「何で三人なの?」 「さあ、知らない。キリが良いからじゃない?」 「そんな無責任な」 「私が聞いたのはねえ。ほら、世の中には自分にそっくりな人が三人いるって言うじゃない?」 「うん、知ってる知ってる」 「でも、それって四人目を見た人はいない、ってことじゃない?」 「うん、そりゃそうね……」 「自分にそっくりな人は三人しかいないというルールは厳格に守られなければならないの。だから、四人目が現れる前に、その人は早々に死ななければならない……ということらしいのよ」 「……ふーん……なんか分かったような分からないような……だって、三人目を見たら、すぐに四人目が現れるってわけでもないでしょうに」 「あー、でも私は、そういうのって、なんか分かるような気がする」 「ね、なんとなくわかるでしょ?」 「うん。こういう不気味な噂とか都市伝説って、中途半端だけど”なんとなくそれっぽい”理由がついてることってよくあるじゃん」 「そう、中途半端なところが、完全に否定も肯定も出来なくて、余計不気味な感じがするのよね」 「ちょっと失礼しまーす。ビール取ってくるね」  彩香がビールのお替りを取りに席を立った。 「もう飲んじゃったの?彩香は相変わらずピッチ早いねー」 「昔から一番の酒豪だったしね」 「それだけに武勇伝も結構あったよね」 「そうそう!何たって一番の傑作は、3年生の時のあれよね」 「お待たせ―」  ビールのお替りを取りに行った彩香がすぐに戻って来た。  その顔を見て、私は妙な違和感に捉われた。違和感というか、驚愕だった。  画面の中に戻って来た彩香の顔が、私にそっくりなのだ。背景になってる彼女の部屋のインテリアや、さっきまで彼女が着ていたトレーナーもそのままに、顔だけが私のものになっている。思わず私は黙り込んだ。 「で、どこまで話したっけ」 「いや、話題はもう彩香の武勇伝の話に移っているの」 「武勇伝?」 「そりゃあねえ。だって彩香って昔から色々やらかしてくれたじゃん」 「やらかしてというか楽しませてくれたよね」 「やめてよ。昔の話蒸し返さないでよ」  皆、何事も無かったようにお喋りを続けている。彩香の顔の変化に気付いていないのだろうか。それとも皆の画面には、いつもの彩香の顔が映っているのか。私の画面だけが、彩香の顔が私になっているということ? 「ちょっとトイレ行ってきまーす」  そうこうしているうちに、智美がトイレに立った。 「本当、彩香には色んな話題を提供してもらったよね」 「そういうあんただって、相当なもんだったよ。4年生になったばかりの5月頃のこと、覚えてる?」  由美子と彩香がお喋りを続けているうちに智美が帰って来た。 「ただいまー、ってあたしはずっと自分の家にいるんだった。アハハハ」  戻って来た智美の顔を見て、私は凍り付いた。  智美までが私の顔になっている。  彩香の時と同じく、背景や服装、髪型まで智美のまま、顔だけが私のものになっている。 (なに、これ……) ”ドッペルゲンガーって言えばさ、自分のドッペルゲンガーと出会ったら間もなく死ぬっていうよね” ”あれって三人見たら死ぬんじゃなかったっけ?”  さっきの会話が不気味に思い出されてくる。彩香と智美が私の顔になった。由美子がもし席を立って戻ってきたら…… 「あたしもお替り取ってこようかな」 「ちょっと待って!」  由美子が腰を上げようとした瞬間、思わず私は叫んだ。 「どうしたの?沙希?」  皆が心配そうに黙り込む。 「……あの、その、何て言うか。由美子、もうちょっとそこにいてくれない?」 「なんで?」 「どうしたのよ?沙希ちゃん」  理由を聞かれても説明することが出来ない。どうしよう……  焦る私の目の前で、画面の中の由美子の顔がみるみるうちに変形を始め、あっという間に別人の顔になった。部屋の背景も、来ている服もそのままに……私が良く見知っている顔。  画面の中で三人の私がこちらに向かって笑いかけてくる。 「あれ、沙希?なんで黙っちゃったの?さっきから変よ」 「アハハハ、飲みすぎちゃった?沙希、聴こえてる?もしもし?」 「あれ、固まっちゃった?沙希?もしもーし」   [了]
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