白い花

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白い花

彼女は駅のプラットホームで、木製のベンチに座っていた。 暑さも寒さもない世界だった。ベンチの触覚も、座っている自重の負荷も感じない。 駅の外側を白い靄が囲っているせいで、景色からはこの駅が都会にあるのか、それとも片田舎なのか分からなかった。 周囲には誰もいない。駅員さえいなかった。コンクリートの床は、これまで誰にも踏みしめられたことがないかのように滑らかで無機質だ。 彼女はさっきから何本もの電車を見送っていた。ベンチに座ったまま、ただ呑気に空気を吸って、吐いているだけだった。 右手に続く線路の向こう、霧の奥で不明瞭な光が揺れ始めた。それはこちらへ近付きながら、徐々に明確な輪郭線を結んでいく。 やがて黄色い電車がホームに入ってきた。 電車は車輪の摩擦音も立てずに速度を落とすと、ちょうど真正面に先頭ドアが来たところで止まった。ドアの脇に佇む男がこちらを見ている。 その姿は逆光が差す写真のように暗く、文字通り人影と言うのが相応しい。体の大きさや肩幅で男性だと分かった。 呼ばれている、と思った。何かを言われた訳でもないのに、彼に強く引き付けられる。 彼女はベンチから立ち上がり、そして―― ***** そこで目が覚めた。 電車に乗る夢、いや、乗ろうとする夢。 桜井 彩里(さくらい さいり)は右腕を真横に伸ばし、日焼で色褪せた畳の上をまさぐる。 指先がスマートフォンを探り当てた。
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