めぐる

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単なる偶然だと言えばそれまでだが、偶然の一言で片付けてしまうには出来すぎだ。 「神様のお導き的なものと言いますか、巡り合わせの妙ですね」 「どうなのかな。実際のところ、佐々木信綱との運命なんか風が吹けばすぐ切れそうな細く弱い糸だった」 「どうしてそう思うのですか?」 「周りが才能のある人ばかりだったから。研究室に入ると、日本文学に情熱を注ぐ優秀な人間がゴロゴロいた。どれほど頑張ったところで到底追い付けない、凡人が努力しても決して手の届かない限界を知った。現に、研究室で一番親しかった同期は今や大学准教授になったよ」 思い出話に一区切りをつけて、汐見は本の探索を再開する。夏目漱石の夢十夜を取り出すと、3連の細雪の上に重ねた。 その様子を眺めながら、彩里は無意識に口を開いた。 「楽しそうですね」 「え?」 汐見は本棚から視線を上げた。深い焦げ茶色の目が急に自分に向けられてドキッとしてしまう。 「あの、えっと、限界を知るってあんまり心地良いことじゃないのに、何だか汐見さんが楽しそうに話しているので」
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