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CDケースに向けた眼差しは、凪のように穏やかで優しかった。
その表情から、学生時代の汐見の足跡を完全に辿り終えたと感じた。
「ごめんね、長々と思い出話しちゃって。お茶飲もうか」
「あ、はい」
汐見に促されて、彩里はローテーブルの前に正座した。
別人格が発露したのは社会人になってからだ。幼馴染みの寺澤が話していた「5年くらい前から急に変な人格が現れた」が事実だとすれば、20代後半から狂犬と共存していることになる。
彩里はマグカップで口元を隠しながら汐見を盗み見た。
正直、こっちの汐見さんに人格の件をあれこれ聞くのは気が引ける。
狂犬の場合、内面から滲み出る図太さが、かえって何を質問しても良いのだと遠慮を取っ払ってくれていた。
「あの、汐見さん」
「うん?」
「汐見さんは……どうすれば汐見さんみたいに、仕事が出来る人になれますか」
聞かなければならないことはもっと別にあったはずなのに、頭の中で質問が迷子になって、毒にも薬にもならない無難な内容に着地してしまった。
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