めぐる

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汐見は視線をマグカップに落とすと、小さく息を吐いた。 「兄は中学時代、生徒会長をしながら常に学年トップの成績で、高校受験も軽々とクリアした。僕も兄の背中を追って、生徒会や部活と並行して勉強に励んだけれど、僕には兄のような才能が無かった。自分の能力を見誤ったことで両親にも無駄に期待させてしまった。折角応援してもらったのに応えられなかったことを、僕は心のどこかで悔い続けているのだと思う」 どう返せばいいのか分からず、彩里は頷くことしか出来ない。 こういった時、普通の人ならどう気の利いた言葉を掛けるのだろう。 人との交流の経験値が浅いことが、今に響いているのだと痛いほど感じる。 「だから両親から頼まれ事があれば断らないようにしている。些細なことでも力になりたいし、僕の存在が役に立てればいい」 汐見は静かに語り終えた。 彩里はマグカップを口元に運ぶが、中身を飲むのを忘れて考えに耽る。 汐見さんの地元でのルーツ巡りの時、お兄さんはアメリカに住んでいると語っていた。 海外に比べれば、圧倒的にすぐ駆け付けられる距離に住んでいる。汐見さんを頼るのがご両親にとっての自然な流れになっているのだろう。 そして汐見さんも、高校受験失敗の『埋め合わせ』として両親に尽くし続けている。 ほうじ茶の醸す生温い湯気が上唇を湿らせていく。思い出したようにようやく一口飲むと、まろやかな香ばしさが喉を通っていった。 優しい人が淹れたほうじ茶は、優しい味がする。 私からすれば、大手企業に勤務していて周囲の人との関係も良好で、誉れ高い人生に思える。 でも、何年経とうと薄まらない後悔を抱えているのだ。 汐見の抱えるものに触れて、心が沈むのを感じる。 もうひとつの人格のことは遂に切り出せなかった。
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