3月17日

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3月17日

 明日が高校の卒業式だと言うのに、俺は今日もバイトをしている。いつものようにレジを打って、いつものように接客する。だけど、よく来る常連さんは俺が明日高校を卒業するのを覚えてくれていたらしく、おめでとうと言って帰っていく。別におめでたいと自分では思わないけど、わざわざお祝いの言葉を掛けてくれたことが嬉しくて昨日よりバイトが楽しい。 「黒瀬くん、今日この後は何かあるの?」  お客さんが1人もいないタイミングで店長が雑談を始める。 「そうっすね、友達と飯食う約束してます。最後だし」  そう言うと、店長は早いねー、と俺がバイトに入った頃の話をし始めた。俺は中学を卒業してすぐここにバイトの面接をしに来た。学校に近くて、髪色が自由だったからここのコンビニにしようと思って適当な嘘の理由を面接で言ったら、店長に秒でバレた。だから渋々素直に理由を話したらなぜか採用してくれて、3年間ずっとここでバイトをしている。 「俺黒瀬くんがめんどくさい客と殴り合いになるの期待してたんだけどなー」 「漫画読みすぎっすよ」  店長は俺と一緒で漫画が好きらしい。コンビニに置いてある漫画は一通り見てるらしく、俺におすすめを教えてくれたり、一緒に熱く語ったりもした。俺と店長の好きな漫画が映画化されたときは一緒に見に行ったこともあった。   やめるわけでもないのに、思い出がポンポン出てきて何とも言えない感情が生まれる。 「今日はもう上がっていいよ。後でおばちゃんたち来るから」 「えっ、いいんすか? 俺遠慮なく帰りますけど」 「いいぞ少年。俺は優しいからな」  店内の時計を見ると、まだ30分も時間は残っている。水曜日の夜はお客さんが多いはずなのに、今日はなぜか全然ドアが開かない。店長の言葉に甘えて服を脱ぎ、学校の制服に着替えた。 「お疲れ様でした」 「また来週ー」  コンビニを出て空を見上げる。3月、春と言ってもまだ少し肌寒くて暗い。手の届かない遠くの世界には微かに星が光っていた。
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