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「ねえ」
2人の間に流れる静かな空気を壊したのは美咲の方だった。まだ人の多い電車に立って、目の前のドアの向こう側の景色をボーっと眺めている。いや、何か考えているのかもしれない。もしかしたら違うものが見えているのかもしれない。
「ねえ」
また美咲に話しかけられる。周りの迷惑にならないように小声で話しかけてくれるのは、石橋と違ってありがたい。そういえば前に石橋と街で遊んだときは騒がしすぎて注意されたっけ。石橋は注意されて静かになるタイプで、自分から静かにはなろうとしない。あの時俺も一緒になって騒いでいたら、俺のめんどくさいこの性格も石橋みたいに軽くなるのだろうか。
「聞こえてるんでしょ」
「ごめん今聞こえた」
見苦しい嘘も、きっと美咲には伝わっている。俺が俺って理解してくれている美咲はきっと、何も突っかかってこないと思うけど。
タイミングが悪いのか良いのか、前石橋と来た本通りに着いた。目の前のドアが開いて客が乗り込もうとする。後ろ側から沢山の大人に押されて、流されるように電車を降りた。制服のポケットに入っていたスマホを開いて、カードで大人2人分支払う。
道路のど真ん中の浮島みたいなホームに降りて、信号が変わるのを待った。さっきまで俺と美咲を乗せていた電車は新しい客を乗せて走り去っていく。信号が変わって幅の広い横断歩道を渡る。平日の本通りは、日曜よりかは人が少ないけど、学校の廊下くらいには騒がしかった。
「手引いて逃げだすならせめてもっといい場所に連れてきてよ」
「あ……ごめん」
開いてるファミレスを見つけて入ったものの、店内には俺たちしかいなく、珍しく静かな広い店内に美咲の声が吸い込まれていく。なんとなく気まずい空気を感じるけど、きっと美咲はそんなこと微塵も感じていない。今だってメニューのスイーツを眺めている。俺はどのタイミングでなんて質問すればいいのかわからない。そんな俺の不器用さを理解しているからなのか、俺の困った表情を読み取ったからなのか、美咲は軽々と話し始めた。
「おかしいよね。私昨日死んだのに生きてるなんてさ。ねえ、私が飛び降りたとき、零は何を思った? ざまあみろ? やっと死んだ? それとも、叫んでた言葉のまま?」
「美咲も、昨日のこと覚えてるの」
「覚えてると言うか、死んだのに生き返った感じ。逆に零が知ってる方が不思議なんだけど」
美咲はメニューに載っているプリンとティラミスのセットを指でさらさらと軽くたどっている。円を書くように触ったり、くねくねと蛇を描くように指を滑らせたり。目の前の彼女は、普段と同じで何を考えているのか、全くわからない。
「石橋くんは知ってるの?」
目線をずらさないまま、美咲は俺に質問を投げかける。
「知らなかったよ。昨日あんなに泣いてたのに」
「まあ今日だけどね」
美咲が店員を呼ぶベルを押して、プリンとティラミスのセットを勝手に注文する。美咲が注文しながら、俺の方にメニューを寄せてきたから、仕方なく大して食べたくもないコーヒーゼリーを頼んだ。
店員が戻って行って、再び沈黙が続く。けれど、さっきより楽な沈黙だった。俺はどうやって質問をしようか、言葉を選ぶ。その間に美咲は、子供向けメニュー表を見て、間違い探しをしている。
「そういえば、通学バッグよかったの?」
「あ、うん」
通学バッグは美咲を連れ出すとき、すっかり忘れて学校に置いてきてしまった。別に帰り取りに行けばいいし、もうどうでもいい。
だけど、せっかく母さんに作ってもらった弁当をそのままにして来てしまったのは少しだけ引っ掛かった。
「ねえ、どうして死のうと思ったの」
なんだかむず痒くなってしまって、ストレートに聞いた。ダメだとはわかっていたのだけど、どうしても知りたかった。美咲は顔色1つ変えずに間違い探しをやっている。俺は、触れてはいけないところに触れてしまったのかもしれない。
沈黙が店内を支配する。さっきとは違い、居心地の悪い場所になってしまった。美咲の方をチラッと見ると、美咲が気付いたのか、目が合ってようやく口を開いてくれた。
「零にはわからないよ」
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