3月18日?

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 本当は今すぐ走って美咲の家に行きたかったが、せっかく弁当を作ってもらってるのにそれを持って行かず家を飛び出るのはさすがに俺の心が痛む。とくに今日は最後のお弁当になるわけだし。「なるべく早く作ってほしい」とお願いして、俺は身支度をした。  いつもと同じ制服に手を通し寝癖をアイロンで適当に直す。正直、自分でもなぜこんな冷静に居られるのか、不思議でたまらなかった。昨日が繰り返されているなんて、俺の生きている世界は絵本か何かの世界なのか?  手に街で買った黄色いオシャレなパッケージのヘアオイルを垂らす。もしかして、美咲が死んだのは夢だったのか? それとも、今が夢なのか? 鏡をじっと見つめる。昨日、あんなに長い時間泣いていたはずの俺の目はちっとも腫れていない。やっぱりあれは悪夢だったのだろうか。間違いなく見たはずなのに、自信が無くなってくる。俺はヤバイやつなのか、これを友達や母さんに言ったら頭がおかしいって思われてしまうのだろうか。 「あっつ……」  アイロンを触ると、さっき切り忘れたのかまだ電源が入っていた。人差し指から全身に電気が走るように熱さが伝う。急いで水を出して人差し指を冷やす。しっかり当たった指の腹は真っ赤になっているし、心拍数はさっきよりはるかに上がっていた。 「大丈夫? お弁当出来たよ」  後ろから顔を少しだけ覗かせて鏡越しに俺を見ている母さんと目が合う。さっきの声が聞こえていたなんて、小さい独り言だったのによく聞こえたなと感心し、心配をかけてしまい申し訳なく思った。手はいつもの大きいハンカチで巻かれたお弁当を持っている。  ありがとう、と母さんから受け取り、通学バッグの一番下に倒れないよう入れた。 「行ってきます」  そう言って家の近くの駅に向かって歩く。足は昨日より若干速いのかもしれない。 いつもより少し早い学校は、生徒が少なかった。まだチャイムが鳴るにはかなり時間があるし、早く来ていい事なんて特にないからだと思う。ロッカーに靴を入れ、教室に向かう。顔には出ていないと思うが、手は手汗まみれで湿っている。さっきロッカーで美咲が来ているか確認すればよかった。  いざ教室を目の前にすると、少し構えてしまう。ドクドクと手の甲から脈を打つ音が脳に伝わる。美咲がいるかもしれない。でも、まだ来ていない可能性だってある。もし、美咲の机が無くなっていたら? 美咲の机の上に花が添えられていたら? どうやら、人間は考えすぎてしまうとき、マイナスのことばかり考えてしまうらしい。 「黒瀬おはよー」 「わ、なんだ石橋かよ」  俺がこんなにも緊張していたというのに、石橋は眠そうに欠伸をしている。昨日の今日と思えないくらい普段通りだ。声だって枯れていないし、無理してる感じでもない。 「開けねえの?」 「いや、開けるけど……」 「てかこの時間に来てるの珍しいな」  俺が開けると答えたのに、石橋は俺を押しのけてドアをガラっと開けた。覚悟を決める暇もなく、石橋の後ろについて教室に入る。「おはよう」とすでに来ているやつらに挨拶をすると、素っ気ない挨拶が返ってくる。通学バッグを肩から降ろしながら自然に後ろを見る。自分の席の後ろの席、つまり、美咲の席はなにも置かれていないし、なにも入っていないようだった。 「何真剣に美咲ちゃんの机見つめてるんだよ。課題写させろよ、数学の課題ヤバいんだよー」  石橋はのんきに課題の心配をしている。やはり、昨日のことは無かったことにされているらしい。いや、無かったことと言うか、今日が昨日で、昨日が今から始まると言うか……  こんなありえないようなことだけど、何となく理解はしている。漫画とかで読むあれだ。俺が男子高校生で良かったなと思う。もし社会人の女性がこの世界を生きるとなれば、すぐパニックになって病むんじゃないか?中学生の頃に沢山妄想しておいてよかった。  石橋は勝手に俺の課題をカバンから漁っている。 「課題貸すからちょっと図書室行かない?」  図書室で昨日のことを話そうと思った。どうせ信じてもらえないけど、信じてもらえないだけなら聞いて、俺がおかしいことに対して確信を持ちたかった。俺がヤバイやつでも、石橋は友達でいてくれるだろうし。その根拠がどこから来るのか、俺もよくわかってはいないけど。
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