3月18日?

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 案の定、図書室には誰もいなかった。刺さったままの鍵を回して、薄暗い図書室に入る。本が日に当たらないようにカーテンは閉めたままだし、破れた本たちがカウンターの上に積み上げて置いてある。空気も悪そうな感じだった。 「ねえ、石橋は昨日何してた?」  新しい椅子が並べられている方に座って課題を写している石橋に、なるべく不自然にならないように聞いたつもりだった。でも、よく考えてみればこんなところに呼び出して昨日の予定を聞くなんて普通おかしい。俺は来る前に気付けなかったのか。 「昨日は同じバイトの奴らと飯食ってた。あ、聞いてよ、俺一個下の後輩ちゃんに告白されちゃった」 「付き合ったの?」 「いやー俺好きな人いるんだよねって断った。女の子のこと泣かせちゃったよ俺」  付き合えばよかったのに。そう言おうとしたが、なんとなくやめた。余計なことを言ったらめんどくさくなる。そんなことこの世界では常識だ。  話を戻すが、やはり美咲が飛び降りた事実は綺麗に無くなっていた。悪夢だったのかもしれないし、俺がおかしいことに確信を持てたから石橋に昨日の話をするのはやめた。 「今日の夜、飯行く約束覚えてるよね?」 「覚えてるよ、花みずきだろ?」  石橋は課題を写しながら質問に答える。花みずきというのは街のメイン通りから少し路地に入った場所にあって、高校生に人気の居酒屋だ。お酒は無いし、煙草を吸う人は入れないから学生向けらしく、それ以外は普通の居酒屋と何の変わりもない。大通りのすぐ近くにある高校の学生が多いけど、俺らの学校でも評判だから別に浮いたりはしない。他校同士の生徒が関わるのはあまりよくない印象なのかもしれないけど、花みずきには基本他校の友達を作ったりしに行く人が多い。いわゆる出会いの場。石橋も、そこで仲良くなった大緑高校の奴にバイト先を教えてもらったくらいだし、俺も花みずきで知り合ってインスタを交換した相手も少なくない。  「よし、終わった! まじサンキューだわ。ほんと感謝!」  人気の本ゾーンの手作りポップを見ていたら、いつのまにか5分ほど経っており、石橋が課題を写し終わったらしい。今どきサンキューなんて、と思ったけど、俺も普通に使っていることに気付きツッコむのをやめた。そうするうちに、石橋は課題を俺にぽいっと投げる。慌てて拾おうとしたが、図書室の床が滑るせいでバランスを崩してこけてしまった。石橋は馬鹿にして笑ってくる。 「そんなのもキャッチできねえの? ダッサ!」 「二度と課題貸さないからな」 「ごめんごめん、嘘だって」  イラっとしてつい口が悪くなってしまったが、ニコニコ笑う石橋を見て怒る気にはならなかった。  石橋に告白した女の子の気持ちが、少しだけわかるような気がした。
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