ぼくの能力の意味

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僕の能力を誰にも話すつもりはない。なぜって?何の得もしない。かっこよくない。「何それ?」なんて鼻で笑われる能力だから。 『人の未来の足跡が見える』 せいぜいがその日一日分程度のものだが、人の進行方向にその人の黒い足跡が延々と伸びていく。靴を履いていればその靴の裏の形だし、裸足になれば足の裏の形の足跡になる。 だから何になるのか?使いようによっては悪用もできそうなものだが、普通に生活してたら、その人がその後に歩いてゆく方向がわかるぐらいだ。 といいながらも、この能力が僕の人生を大きく変えた出来事が2つあった。 1つ目は学生時代。 高校2年の夏。少しヤンチャしていた頃に他校の不良に絡まれて返り討ちにした。後日、河原に呼び出されたのだが、一緒にいた仲間と相談し行かないことにした。どうせ数を揃えてくるはずだから、馬鹿正直に行くものか、と。ただ、学校に押しかけられたり、闇討ちされたり、家族に危険が及んだりなど、かなり悪い噂のある不良たちだったので心配はあった。 その日の放課後、「教室で未提出のプリントを終わらせる」といっていた健司の足跡が帰り道と違う方向に進んでいた。呼び出された場所には行かない、と決めたはずなのに。嫌な予感がして、その足跡を追っていくと思った通り河原に続いていた。約束の時間は5時。それまで1時間ある。どうしようか考えながら反対の岸から様子を見守ることにした。 約束の時間、不良グループ10人が現れ、教室でプリントをやっていた健司は5分遅れでやってきた。一瞬見て見ぬふりをすることが頭をよぎったが、健司を助けるために走った。健司は3人を叩きのめしていたが、到着する頃には、羽交い絞めにされて袋叩きになる寸前だった。僕は健司に絡まる男を殴り飛ばして引っぺがし、健司を殴ろうとしていたリーダー格の男に突進して馬乗りになった。 結局は多勢に無勢、二人してめったやたらと殴られた。次の日、顔をパンパンに腫らしていて学校では大きな問題になった。 健司を一人にしなくて本当によかったという出来事。 もう一つの出来事は。 「パパ~」 「おお、佐奈どうした?」 5歳の娘の佐奈が雑巾を持ってきた。 「汚れてる」 そういって、僕の目の前の廊下の床を拭き始めた。 「どう汚れている?」 「足のかたちに汚れてる」 (やはり…) どうやら、この能力は遺伝するらしい。 10年前ー 通勤時間に電車の中で見かけるOLが気になっていた。小柄で細い切れ長の目、眼鏡をかけていてバリバリのキャリアウーマンといった感じの女性。電車の中でも、少し近寄りがたい雰囲気をもっている印象だったが、以前、駅のホームで白棒を持った盲目の老人に声を掛けている姿を見かけた。女性は腕を出し、老人がその腕を掴んで二人で電車に乗り込んでいった。僕はそれを見て一気に彼女に惹かれた。それ以後は彼女を目で追うようになっていた。なにか近づくきっかけが欲しい。そう思って一年の片思い。 ある日の日曜日。 (あっ!) 偶然彼女を見かけた。OLの姿とそう変わらない、私服が茶色のパンツに紺のジャケット。どこかで声を掛けたい。そう考えて様子を見ていたのだが、何か彼女の顔色が悪い。もともと近寄りがたい雰囲気をもっている彼女だが、いつもとは違って目元に力がなく、電車の揺れにふらふらとバランスを崩している。どこに行くのだろう。話しかける場所をどこにするか、彼女の足跡を追って先回りしていった。ちょっとわくわくしながら、そして罪悪感も感じながらずっとずっと彼女の足跡を追っていった。 (ああ・・・) 足跡の途切れる場所を見て僕は息が止まり絶望した。動悸が激しくなりめまいがした。 気が付くと僕はもと来た道を遡って走っていた。彼女のことを考え苦しくて苦しくて、それでも僕は走った。 「あの!…」 僕は彼女を見つけて声を掛けていた。自分に声を掛けられていることがわかっていなかった彼女は、後ろを向いたり目を丸くしたりしてキョロキョロしていた。 「あの!…えっと…」 僕はなんとか話さなきゃ、と話題を探すのだが言葉が出てこない。 「・・・え~と、わたし、ですか?」 生気のなかった彼女の顔に少しずつ血の気が通っていくように感じた。 「よく、電車で一緒になりますよね」 あ、知ってくれていた!僕は嬉しさがこみ上げてきた。 「お茶、しませんか?」 「え?」 「あ、あの、僕、昔見たんです。あなたが目が見えない方に声を掛けて助ける姿を。素敵だなと、思っていたんです」 今考えると本当に恥ずかしい。しかし、彼女は恥ずかしそうに笑ってうなずいた。彼女の笑顔を見たのは、この時が初めてだった。
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