別れさせ屋と別れられない人々

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「いらっしゃいませ」  真鍮製のドアベルが心地よい音色を立てて客の訪れを告げる。 「帰る」  店員の女性は帰ろうとする客を引き止めて、無理矢理席に座らせる。 「袖振り合うも多生の縁って言うでしょう。道のいきすがらに袖が触れ合うっていう偶然の出会いであっても、それは前世からの深い縁で起こっているのよ。この出会いもそうよ!」 「妄想だな」 「それがあるのよ。だから、私は一生に一度しか会わないかもしれないと思って迷わず掴んだの。はい、これが私の運命よ。おすそ分けしてあげる」  湯気が立ったカップとチョコレートケーキがテーブルにそっと置かれ、優しい表情をした女性がじっとその行方を見つめている。 「どうして……甘そうだろ」 「うん。とっても甘いよ」  店員の女性は花が咲くように可憐に笑う。 「食べて、ほら。美味しいでしょ」 「どうして、どうして……」  畳み掛けるように続けられる言葉と共に笑顔の花は咲き誇る。  その胸やけするような甘い顔を見て、客はカップのコーヒーだけを飲み干して立ち去った。
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