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血走った目のロロが、突き刺さった剣をそのままに――。 瀕死の姉を置いて逃げていく。 「こんなことろで終わってたまるか!」 背中から刺されたココは――。 痛みに耐えるよう片目をつむり、息を荒げて溢した。 「それでいい。捕まるくらいなら……戦って死んだがマシだ。ロロ……逃げて……生きのびろよ」 心臓を貫かれたココはすぐに絶命した。 ロロはこうなる可能性も見据えて剣を隠し持っていたのだろう。 一見すれば息のあった姉妹のコンビだった。 だが、暗殺や騙し討ちを得意とするロロと、正面から戦いたがるココは性格が真反対だ。 最後の最後まで、彼女たちは相容れなかった。 それでも――ココは最後までロロを案じていた。 それが普通なのか。 私には姉妹がいないので分からない。 でも、今はそんなことを考えている暇などない。 急所は外れているとはいえ、ムゥロも直ぐに処置しなければ危ない状態だ。 だが、私の足は――腕は――動かなかった。 あまりに急すぎて、あまりにもショックが大きすぎて、頭の中の整理が追いつかない。 「何やってる! 早く運ぶぞ!」 モンボーの声が私を現実に引き戻してくれる。 私はモンボーの指示に従い、ムゥロを車に乗せた。 「訳あり専用の闇医者がいる。使うことなんてもうないと思っていたがな」 「……助かる」 ひねり出した言葉は自分でも驚くほどか細くて――。 不安で頭の中がいっぱいだった。 コロニーの中心部に入り、路地の道に入る。 闇医者の病院は一見すると普通の小さなビルだった。 ムゥロはモンボーが背負ってくれた。 「今日はもう終わりなんじゃがな」 闇医者は気だるそうに頭を掻く老人だ。 禿げ上がった頭の周囲を白い毛がかろうじて残っている風体だ。 「手錠? こりゃまた厄介なの連れてきやがったなぁ。おぉ? モンボー?」 「すまねぇ、おやっさん。見ての通り、かなりヤバい状態だ。診てやってくれ」 ムゥロとは手錠でつながっているので手術中も一緒だ。 「私にも手伝わせてくれ」 「素人に手伝わせるほど耄碌してねぇ……」 皺の刻まれた顔が歪むが、私だって簡単には引き下がらない。 「医学部卒だ! 実践も経験している」 「ほぉ、とっとと準備進めるぞ」 私はムゥロの服を脱がせ、胸部を開けた。 白い肌に巻かれた包帯が溢れる血で赤く染まっている。 「意識なし。ショック状態じゃな。傷は?」 「刃物による胸部の刺創」 「人工心肺を確立したうえで胸骨正中切開じゃな」 どれくらい時間が経ったのだろう。 気づけばカーテンから漏れる光は朝を告げていた。 手術が終わった。 険しい顔で縫合を終えた医者が汗を拭った。   「ま、これで安心じゃろ。心臓に達していなかったのが不幸中の幸いじゃな」 その一言で緊張の糸が切れた。 私はベッドの上で眠るムゥロの手を強く握った。 あれほど嫌い合って、嫉妬して、喧嘩をしたのに――。 今は手術の成功が心から嬉しかった。 「おい、手を握るな。暑苦しい……」 目覚めたムゥロの第一声はそれだった。 ムゥロは天井を見上げたまま小さく深呼吸する。 「何かあったら呼ぶのじゃぞ」 「あぁ、ありがとう」 医者は手袋を取ると、曲がった背中をトントンと叩きながら病室を去った。 ムゥロは何故私を助けたのか? 理由を聞きたかったが、その言葉は喉元で止まる。 逆の立場でも、私はムゥロを助けていただろう。 最初はいがみ合っていたし、嫌いだったし、理解ができないヤツだったけれど――。 一緒に生活し、特訓して、彼女のことを放っておけなくなった。 きっと、ムゥロだってそうなのだ。 真っ白い肌が作り物の人形のようで――。 つい、生きているのか確かめたくて、その白くて細い腕に触れてしまう。 温かい――。 「だから、触るなっての」 「少しくらいいいではないか」 ムゥロの腕から手を離すと、ちょうどノックの音が病室に響いた。 大きな身体に似合わず、音も立てずにドアを開けた男はモンボーだ。 巨漢なので病室の低い天井に頭がぶつかりそうだ。 かがんで部屋に入るモンボーは、何だか熊みたいだ。 「その、ありがとう」 私は椅子を蹴るように立ち上がり、頭を下げた。 モンボーがいなければ、これほどの処置はできなかった。 「連れは大丈夫なのか?」 「腹が減ってる……それ以外は問題ない」 「ははは! じゃ、これ分けてやるよ」 モンボーは小脇に抱えていた包みからハンバーガーを取り出して投げた。 ムゥロは咄嗟に右手を挙げ、器用にキャッチしていた。 「……って、それより」 モンボーが急に顔色を変え、私の肩を掴んだ。 「お前、ガガンバーの何だ!?」 「ガガンバ―を知っているのか?」 「お前のファイティングポーズやら戦い方やら、完全にガガンバーのそれだ。オレは見逃さねぇぞ!」 「あぁ、ガガンバーを見て盗んだ。モンボーは何故ガガンバーを知っているのだ?」 「知ってるも何も……ガガンバーはドッグギャラバンのリーダーだよ」 「えぇ!?」 「あれ、これ言っちゃマズかった?」 「いや……ガガンバー……父が昔ハッカーだったことは知っている。でも、まさかドッグキャラバンだったとは……」 「で、お前はガガンバーの何な訳?」 「娘のメメンプーだ」 「娘? 娘って子供とかのあの娘?」 うなづいた瞬間、モンボーの瞳が潤んで、次の瞬間には大泣きしていた。 「うおぉおおおん! ガガンバー生きてたのかぁああああ! 娘までこさえてやがって!」 話がややこしくなるので、実の娘でないことは伏せておこう。 「つか、あいつ無事だったなら何で連絡寄こさねぇんだよ!」 遅れてキャンディも病室に入ってきた。 子供は預けてきたらしい。 「ガガンバーなりに考えてのことでしょ」 キャンディは私の話を外で聞いていたのだろう。 モンボーと同じく目に涙が溜まっていた。 「あの死に損ないが、こんな立派な娘をねぇ」   彼らとガガンバーの間に何があったのかは知らない。 だが、まさか逃亡劇の目的地で、ガガンバーの仲間と会えた奇跡に驚いて固まるしかなかった。 その日、私たちはモンボーの家に泊まることになった。 「厄介ごとには関わりたくないんじゃなかったのか?」 ムゥロの言葉にモンボーが作業をしながら答える。 「ガガンバーのガキってんなら話は別だ」 モンボーはメメンプーの事情を受け入れ、手錠を解除してくれているのだ。 爆発物の専門家であるキャンディの助言を受けつつ、手錠を解体していく。 これまで私とムゥロを繋いできた鎖が、遂に切れて落ちた。 私たちはようやく自由になったのだ。 モンボー夫妻は夜が深くなるまで、昔のガガンバーについて話してくれた。 代わりに私もガガンバーのことを話したが、私が九歳の頃の旅については「心臓がいくつあっても足りない」とモンボーがずっと落ち着かない素振りだった。 「図体の割に小心者だね!」 キャンディに小突かれるモンボーは、しかし、幸せそうで、久々に声を上げて笑ってしまった。 私たちは次の日の夕方までモンボー家のお世話になった。 コロニーに入る場合、夜の方が立ち回りやすいからだ。   「それじゃ、気をつけて」 玄関先で見送るモンボーは少し涙目だ。 図体の割に小心者で、とびきり情に厚い人だった。 「お前さんたち、これからどうするか知らないけど無理はしないでよ」 子供二人を抱えたキャンディが、心配そうに見送ってくれた。 「今度はガガンバーと遊びに行く!」 そう笑顔で返すと、キャンディもモンボーも少しだけ顔をほころばせた。 私たちはその表情を確認して踵を返す。 人工の陽が落ちていく荒野を歩いて一時間ほど経った頃――。 近場のコロニーが見えてきたことろで、後ろを歩くムゥロが声を上げた。 「おい、手錠はなくなったんだ。そろそろ別れようぜ」 「その話だが……」 「何だよ?」 「やはり出頭しないか?」 とびきり眉を歪めた呆れ顔のムゥロが肩をすくめる。 「オレは連れ戻されたら死刑になるって何度言えば……」 「ムゥロの罪は何かの間違いなのだろう?」 「は?」 「お前を見ていて分かった。ムゥロは口が悪いし、素行も悪いし、暴力的だが……人を殺せるようなヤツではない」 「……」 「何か理由があるのだろう。私が力になる。だから……」 「ククク……」 「何がおかしい?」 「お前は救えないバカだな」 ムゥロは口の端を曲げて笑うと、刀の柄に手をかけた。 「オレの情報を渡されたら困るからな。メメンプー、お前はここで始末する」 「嘘をつくな。本当に殺す気なら背後から刺していた」 「これでも嘘と言えんのかよッ!」 ムゥロは刀を抜き、私の眼前に切っ先を向けた。 「お前とは決着をつけたかった。全力で戦って殺す。ただそれだけだ」 「じゃあ、何故あの時、身をていして私を助けた!」 頭が痛むのか、ムゥロは刀を持っていない左手で頭を押さえる。 「言ってるだろう。お前と決着をつける為だ。誰にも殺させねぇ。お前はオレが殺るッ!」 私の心にナイフのように刺さる言葉は――。 でも、何故痛いのか理解できない。 「お前はとんだバカだ。いいように使われていたのも分からず、仲良しこよしのダチになれたとでも思っていたのか? 笑えるぜ」 「何故、そんなに私のことが嫌いなのだ?」 ムゥロは目を細め、口の端を曲げた。 「過去もあって、仲間もいて、それに……親父だっている。何でも持ってるお前が、大嫌いなんだよ!」 大嫌い――。 私はムゥロのことがようやく好きになれたのに――。 足が、指先が震えて、頭の中が真っ白になった。 「お前を友達だと思ったことなんかない! 私だって大嫌いだ!」 ムゥロは一瞬だけ驚いた顔をしていた。 瞬きの隙に失われたその表情は、束の間の幻影だったのだろうか。 私はムゥロがそんな人間ではないと信じている。 今だって何か事情があって本年を隠しているだけだ。 そう信じたい。 でも、そうじゃないのか。 もう分からない。 頭の中がぐちゃぐちゃだった。 気づけば刀が振られていた。 何度も近くで見てきたから――。 私は彼女の呼吸を、刀の軌道を知っている。 義手で弾き、一気に距離を詰めて掌底を繰り出す。 顔面に当たったムゥロは吹き飛び、草むらに大の字に転がった。 苦しそうに息を吐くムゥロは、それでも赤い瞳だけが燃えていた。 実力は拮抗していたかもしれないが、手術後なので当然の結果だ。 「殺せ」 「できる訳がないッ!」 ムゥロは刀を突きたてて立ち上がった。 「お前みたいなよいこちゃんぶってる女が一番嫌いなんだ。二度と顔を見せるな」 ムゥロは吐き捨てるように言って、その場を去っていった。 足が震えて、言うことを聞かなくて、追いかけることができなかった。 涙が溢れて、拭っても、拭っても、ボタボタと落ちていった。 私だって、お前なんか大嫌いだ。
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