05

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私の身体は傷だらけで、泥だらけで、今すぐどこかでシャワーを浴びたかった。 ムゥロのことなんて忘れて、日常に戻ればいい。 そう何度も頭の中で念じた。 でも、私は闇夜を走っていた。 ムゥロが走った方向へ、全力で走っていた。 転びそうになって、転んで。 泥を顔に浴び、傷がいたんでも。 私は起き上がってムゥロを探した。 今探さないと、もう二度と会えない気がした。 私はムゥロの存在について考える。 ムゥロは私にとって、初めてできた友達だった。 ムゥロに会って様々な感情を教えてもらった。 嫉妬も、そこから生まれる胸の苦しさも、自分の汚さも、それに打ち勝った時の喜びも。 ムゥロと喧嘩して、別れる苦しみも。 友達で、ライバルで、戦友だった。 だから、悲しかったし、悔しい。 ムゥロが落としたであろう薬のカプセルが目に入る。 散乱した薬は、もはやまともに飲めない状況にまでなっているムゥロの状態を示しているようだった。 急がないと。 私は以前、ムゥロが落とした薬を解析し、病状を知った。 それが難病であることも知った。 だからムゥロが寝た後、独自に調べ、薬を作っていた。 ムゥロを助けたいと思ったのだ。 薬は完成はしていたが、人体実験等がまだの薬だし、本人の確認も必要だったので、話はしていなかった。 でも、もし今も苦しんでいるのなら――。 どんなに嫌われても、せめて薬だけは。 私は走り出す。 木々を分けて走ると、暗闇の草原に出た。 大きな湖に人工月が揺らめき、あたたかな風が頬を撫でる。 静かで、でも、蛍の光に包まれた優しい草原だ。 その湖の手前で、草むらに倒れるムゥロを見つける。 ムゥロは病的に肌が白いので、夜でもすぐ見つけられる。 私の足音に気づいたのか、大の字で仰向けになったムゥロが小さく呟く。 「お……オレにつきまとうな。殺すぞ」 「嫌われてもやらないといけないことがある」 私の言葉にすぐ返さないムゥロの顔色はいつもに増して悪く、今にも消えてしまいそうに見えた。 「何でだよ、何でついてくる」 それだけ弱っていても、言葉だけはいつも通りで笑っちゃいそうになる。 「初めてできた……友達だからだ」 「……」 「これは私が作った薬だ」 私は倒れたムゥロに無理やり薬を飲ませた。 抗う気力もないのか、ほとんど抵抗はなかった。 「オレの病気は……治らない」 息が荒く、目も半分も開いていない。 それでも、言葉を紡ぐ。 だから私は答えた。 「いや、治る」 体調が悪くても、ムゥロはムゥロだ。 半目を更に細めてこちらを睨む。 「は? オレだって自分の病気については勉強したんだ。今の医学じゃ……」 「それが治るんだ。私は9歳のときに大学を出た。そこには最先端の情報が集まっていた。ムゥロの病気は確かに難病だ。でも、医学だって刻一刻と進化している。独りで勉強してきたムゥロには分からない」 ムゥロは驚いたようにこちらを見上げていた。 「独り……そうか……そうだったんだな……オレは独りだ……」 「でも、今は違う、そうだろう?」 ムゥロは強がっているが、こうして話すだけでも辛いのだろう。 いっとき休むように黙り込み、絞り出すように声を出した。 「……オレは人殺しだ。お前も殺そうとした。オレのことは忘れろ」 「ムゥロは人を殺さない。さっきのだって、理由があったんだろう? 私はお前を信じる」 「……」 「だから、さっきは……ごめん。私はお前が大嫌いだけど……それ以上に好きなところもあるんだ」 私の言葉にムゥロ頬が赤くなる。 でも、彼女は意地でも素直な気持ちを言わない。 それで良かった。 私は何かに気づき始めていた。 「メメンプー、話は後だ。今は……その…………」 「分かっている。おやすみ、ムゥロ」 ムゥロは目を閉じた。 大丈夫、私は私を信じる。 必ずムゥロは目覚める。 眠るムゥロの横顔はまだ子供っぽさも残るけど、どこか大人びていて、少しだけ私に似ている。 まさか本当に私のお姉さんだったりして。 そんなことを思いながら、白くてやわらかい頬を撫でる。 起きてる時にしたら怒られるので、今のうちに触っておきたかったのだ。
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