終幕

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終幕

病院の椅子でメメンプーが目覚めると、目の前のベッドは空だった。 「ムゥロは!」 叫ぶような私の声にちょうど部屋を訪れた看護師が答える。 「あら、あなたまだいたの? ムゥロさんはさっき退院したわよ」 顔も見せずにいなくなるなんて……。 私は唖然として言葉が出なかった。 いや、でもよくよく考えるとムゥロらしい。 私は崩れるように椅子に座り、視界にPCグローブを見つけた。 台の上に置かれたPCグローブは、刑務所で没収されたはずのものだ。 何故ムゥロが? そう思いつつ手に取ると、中には一通の手紙が挟まっていた。 手紙を開こうとしたタイミングでコンタクトの通信が入る。 「コアシティ本部の警察局局長のダラーと申します」 「きょ、局長!」 局長といえば一番のお偉方だ。 その局長が私を捕まえに? 「通信を切らないでください、メメンプーさんの逮捕が誤認だったと分かったのです」 自然にピンと伸びた背筋を少しだけ楽にする。 「私は誤認だと何度も言ったのだ」 「データ改ざんに気づかないなど、お恥ずかしい限りです。誠に申し訳ない。コアシティに戻った際は今後の対応のお話とともに改めて謝罪をさせてください」 怒りの感情がない訳ではなかったが、今回の誤認騒動がなければムゥロと出会うこともなかった。 そう思うと怒れない自分がいた。 色々なことが一度に起こったせいで、通信を切った後も気持ちの整理がつかない。 誤認逮捕が解けた安堵と、ムゥロの身勝手さに対する怒りと、ムゥロが助かった喜びと、様々な感情が沸き上がってきた。 「用事が済んだのなら早く帰ってください。次の患者がくる準備をしないといけないので」 先ほどの看護師は私が通信を切るまで待ってくれていたようだ。 「お、おう、すまぬ」 私は気になる手紙を開封できないまま、病院を飛び出した。 コアシティ行きの電車の時間を確認すると、急ぐ必要があったので、病院を出てすぐ電車に飛び乗る。 コアシティへの帰りの電車の中、私は座椅子に腰掛けてよつやく安堵の息をつけた。 リュックから手紙を取り出して読む。 今の時代、手書きの手紙は珍しいので、一体どんな意図で手紙にしたのかと、少しドキドキした。 ……………………………… またバカをやろう。          ムゥロ ……………………………… 手紙はたったそれだけだった。 それ以上の説明は何もない。 「ドキドキを返せ」 愚痴りたくもなる内容だと。 真相なんて何も分からなくて、ムカつく。 でも――ちょっとだけ笑っちゃう。 私の気持ちは穏やかだった。 ムゥロから大切なことをたくさん教えてもらえた。 誰かとの関係の中、大事なのはまず、自分の気持ち。 何故なら、相手がどう考えているかなんて分からない。 でも、自分の気持ちだけは間違いない。 信じていい。 私はムゥロが好きだ。 私はガガンバ―が好きだ。 本当の父親じゃなくても。 その気持ちだけは不変なんだ。 こんな簡単なことに気づくのに、五年もかかってしまった。 ムゥロらしい手紙を閉じると、今度は忙しくPCグローブのコンタクトアラームが鳴り響いた。 バイクのアイコン――。 ザクレットゥだ。 「ちょっとメメンプー! 今どこにいるの?」 近くにユーリもいるらしい。 久々の声が通信特有のざらついた音声で響く。 「今ガガンバ―の親父さんのところにいるっす! メメンプー捜索隊として呼ばれたんすよ!」 ユーリと替わったのはガガンバ―だ。 「メメンプー! てめぇ! どこほっつき歩いてやがる!」 怒っている様子かと思いきや……。 「お前な、家出ってのはフツー、3日で帰ってくるもんなんだよ! それを何だ、お前。一カ月以上帰らないとかホントなしだから! 心配かけやがって!」 情けなく泣き出すガガンバ―の声は、ちょっとウザいけど――安心した。 私を探す為にザクレットゥやユーリに協力を呼び掛けていたらしい。 「すぐ帰る!」 ザクレットゥやユーリがいる中で話すのは、何だか恥ずかしいので「すぐ帰る!」とだけ告げて通信を切る。 どこまで過保護なんだ、と思いつつ。 ザクレットゥやユーリと久々に会えるのは楽しみだ。 「でもその前に……」 わっくわくの表情で途中下車するメメンプー。 「久々のラビリンスだ。ちょっとくらい寄り道してもいいよな」 私の心は今――。 そう、まるで9歳のあのときのように。 未知へのワクワクでいっぱいだった。 了
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