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01
私は怒っていた。
そう、猛烈に怒っていた。
怒ってばかりだ。
「ガガンバ―、またか……またなのか!」
私の親父――ガガンバ―は私と目を合わせず、ソファに横たわって屁をこいた。
恥ずかしい恰好で部屋をうろつくなと言っているにも関わらず、今日も今日とてパンツ一丁だ。
「あーもうウルせぇな。お前ももうガキじゃないんだから耳元でギャーギャーさわぐんじゃねぇ。今年で十五だろ?」
「十四だッ!」
「あぁ、そ、そうそう十四歳だ。まだ誕生日はきていないもんね」
「ガガンバ……さては忘れていたな。娘の誕生日を……!」
「わ、わわわわ、忘れてねぇよ! 冗談だっての。そんなに怒るなよ。カワイイ顔が台無しだぜぇ。へへ」
ようやくこっちを見たと思ったら――動揺しすぎだ。
その煮え切らない態度に、もう一度怒りが沸き上がってくる。
「というか、生活費までギャンブルにつぎ込んで何を言っているのだ!」
「いや、それが聞いてくれ。一瞬、十万クレジットまで跳ね上がってだな……」
「手元にないなら意味がない!」
私は怒鳴り、用意しておいたリュックを背負った。
数日分の食料や着替えを詰め込んだせいでやけに重い。
「つか、お前そのリュックは何なんだ?」
私は振り返ってガガンバ―を睨んだ。
「出ていく」
「はぁ?」
「出ていく!」
履きなれたブーツに足を突っ込み、ドアを開けると人工太陽が肌を焼いた。
ドアの閉まる音とともに、ガガンバ―の声が響く。
「晩飯までには戻れよ!」
うるさい、帰るものか。
というかお金がないから晩飯は抜きだし。
私は収まらない苛立ちを少しでも発散させるよう、ドンドンと足踏みしながら階段を下った。
ガガンバ―は私がこのまま帰らないとは微塵も思っていないのだろう。
九歳の時のあの大冒険以降、このコロニー――コアシティで大人しくしていたのだから仕方がない。
だが、今日の私は本気だ。
しばらく家に帰るつもりはない。
なので、ラレーシア母さんには顔を見せておこう。
私は見慣れた街並みを横目に歩き、コアシティの中央病院を訪れた。
コアシティはピンインと違って最先端の街だ。
白を基調とした巨大建造物群は、大昔の人々が夢見た未来都市に着想を得たという。
病院も同じく装飾が少ない白い構造体だ。
清潔感はあるが、寂しくも感じるのは、無駄に騒がしかった故郷のピンインが恋しいのかもしれない。
自動ドアが開き中に入ると、ラヴィが手を振って迎えてくれた。
ラヴィは受付で働く顔見知りのお姉さんだ。
「あら、メメンプー。今日はお父さんと一緒じゃないの?」
「あいつの話はしないでくれ。そもそも最近はガガンバ―と一緒に来ていないだろう」
「ふふ、そうだったわね。お父さんと仲が良くて安心したわ」
「今の返答で何故そうなる?」
ラヴィは私とガガンバ―が仲良し親子だと思っている節がある。
そう見えないやり取りしか見せていない気がするのだが……。
私はラヴィとの雑談を終えると、エレベーターに乗って十六階奥の病室へ向かった。
白い部屋、白いベッドで横になる母さんは、私に気づくとニッコリと笑って歓迎してくれた。
母さんは管制局でラビリンスのエネルギーを供給する為に拘束されていたらしい。
その影響で今も寝たきりの生活をしていた。
上半身はかろうじて動かせるものの、下半身はほとんど動かない。
五年前にニュースになった管制局の大事件。
特殊な素質を持つ人間の命をエネルギーに変換する。
あの事件以降、人体を使ったエネルギーの生成法は禁止され、大昔に使われていたという、核熱、火、水のエネルギー生成法に巻き戻った。
その影響は大きく、節電など微塵も考えてこなかったラビリンスは混乱に見舞われた。
五年が経って慣れたものの、管制局も解体した為、経済面、治安面など爪痕は各所に残っている。
どうやって人間からエネルギーを吸い出すのか、興味がないわけではない。
だけど、それは聞いたり調べたりしてはいけない気がした。
だから何も聞いていない。
「母さん、またこんなに散らかして!」
病室は本、本、本――本の山で溢れかえっていた。
それも、ベッドの上だけではない。
周囲に置かれた五台のリモコン式移動台の上にも、図書館の本が山のように積み重なっていた。
その中央で無邪気に笑っているのが、ラレーシア母さんだ。
「だって、デパミミの生態が気になっちゃって」
「てへ」と言い出しそうな顔で笑う母さんは、昔、研究者だったらしい。
とても賢いが、とても無邪気な人だ。
本が好きらしく、いつ見ても本を読んでいる。
私は花瓶の花を取り換え、椅子に座った。
しばらく雑談が続いた後、母さんは思い出したように呟いた。
「こんなにいい子を……私は……騙していたのね」
「母さん、またその話か? 事情があったのだろう。何度も言うように私は気にしていない」
「そう……」
母さんは安心したように目を閉じて息を吐いた。
半冷凍保存されていた為、百年以上生きながら肉体の年齢は三十歳程度と聞いているが、いつ見てもそうは見えない。
よく姉と言われるが、近いうちに自分が追い越すのではないかというくらい時が止まっている。
これもエネルギーにされていた時の後遺症なのだろうか?
「ガガンバ―とは仲良くしてる?」
その名前を聞いて、自分でも分かるくらい不機嫌になっていた。
「またギャンブルで一文無しだ。ガガンバ―は父親の自覚がない」
何故か母さんはコロコロと笑った。
「その分、あなたがしっかりしていて助かったわ」
ガガンバ―が血のつながっていない父親であることは五年前の大冒険で知った。
血のつながった家族はラレーシア母さんだけだとも。
では、父親は誰なのか?
気になるが、母さんが言い出すことはないし、聞いたこともない。
気にならないと言えばウソになる。
でも、それを考えるのはガガンバ―に悪い気がした。
「ところでそのリュックは? 遠足にでも行くのかしら?」
母さんは研究のこと以外、本当に能天気な少女だ。
そんな母さんに「家出」とは言いづらい。
「友達の家に泊まりに行くのだ」
「そう、お友達ができたの? どんな子?」
友達――そう告げたものの、本当は仲が良い子なんていない。
学校も行っていないし、作業ロボに乗って採掘の仕事ばかりだ。
知り合いといえば換金所のオッサンや同業のオッサンばかりだ。
嘘をついたことにチクリと胸が痛むが、心配させる訳にもいかない。
「……今度、紹介する」
「是非そうして欲しいわ! ケーキはお好きかしら?」
「母さん、あんまり無理しないように」
「あら、ほんと、これじゃまるでメメンプーがお母さんみたいね」
「また来るよ」
母さんは笑顔で見送ってくれた。
正直、最初は母親と言われてもピンとこなかった。
だけど、五年も話していればしっくりもくる。
何より母さんは元研究者らしく、過去携わった研究の話は興味深かった。
今も入院しながら論文をまとめたり、研究に助言をしているらしい。
間違いなく私の母さんだ。
これからどうするか。
病院を出るとぬるい風が頬を撫でた。
私は方針をまとめる為、病院の近くにある公園のベンチに座った。
コアシティは公園のベンチまで白で統一だ。
何だかサンドイッチまで味気なく感じる。
サンドイッチを食べ終え、顔を上げると周囲に気配を感じた。
違和感に気づいた時にはもう遅い。
「確保ぉおおおおッ!」
その叫び声と同時に、警官と思わしき数名が死角からとびかかってくる。
「うわぁッ! な、何だ! 何をする! 私は何もしていないぃいいいいッ!」
完全に油断していたので、なすすべもなく確保されてしまった。
一体全体どういうことなのか、見事にまるまるサッパリだ。
――こうして、私は捕まった。
パトカーで連行中、警官たちは何も教えてくれなかった。
聞き耳を立てて聴こえてきたのは「手間取らせやがって」「のんきにピクニックか」「この前と人相変わってないか?」「整形らしい」という不穏な会話だった。
整形などしていないし、刑務所に入ったことなどないし、もはや完全に人違いだが、私の言葉には一切耳を貸してくれない。
ひとまず大人しくしておくしかないらしい。
私は汗臭い車内の、しっとりとした空気の中で、深いため息をついた。
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