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「強盗五件に殺人か……お前、まだ若くてかわいいツラしてるのに、すげぇ罪状だな。いや、この顔は整形っつー話だったか」
牢にブチこまれた私は、ドアについた窓の鉄格子を掴んで抗議する。
「整形ではない! というより人違いだ! 弁護士を呼べ!」
ドアの向こう側に立つ看守は面倒そうな顔で手を振った。
「弁護士は呼んでるよ。移送後の刑務所で待ってるはずだ。ま、人相ももらったデータと一緒だし、誤認ってこたぁないだろうが」
看守はそう告げると、胸ポケットからペンを取り出し、バインダーの書面にチェックをつけた。
前時代的な対応であるが、ハッキング対策なのだろう。
「人違いだというのに何故信じないのだ」
警官の発言が本当であれば、時期に疑いは晴れるはず。
カビ臭い牢獄からもすぐにオサラバだ。
しかし、一体どこの誰に間違われて、こんな目に合わなければならないのか。
ガガンバ―の件といい、今日は厄日としか言いようがない。
ドアに貼りついて鉄格子ごしに周囲を見ると、同じような個室がずらっと並んでいた。
ドラマで見るような刑務所の作りとそっくりだ。
向かいの個室に視線を移すと、巨漢の男と痩せた男が背中を丸め、仲良く折り紙を折っている。
「この部屋は……二人一組なのか?」
振り向くと簡易二階ベッドの上段に少女が座っていた。
白い髪を肩ほどで切りそろえた少女は、眠たげな目をこすり、こちらをキッと睨んでいた。
肌が真っ白すぎるせいか、目の下のクマが目立つが、顔自体は整っている。
同性だというのにドキっとさせられてしまったほどだ。
「ったく、うるせーな。てめぇ新入りか?」
その整った顔から放たれた男言葉に驚く。
私も似たような言葉遣いではあるが、ここまで口は悪くない。
……と思う。
「新入りではない。私はメメンプーという者だ。犯罪は犯していない。誤認逮捕だ」
「ハッ。ここに入るヤツはみんなそう言う」
「私は本当なのだッ!」
「どうでもいい。静かにしろよ」
少女は小指で耳垢をほじくると、フッと息で飛ばした。
そのまま名乗らず横になった。
「おい、お前たち! 移送の時間だ」
野太い声に振り向くと、身体の大きな刑務官が立っていた。
毛むくじゃらの身体は太って縦にも横にも大きい。
警棒が棒きれのようだ。
「入ったばかりなのだが?」
「誰が口を開いていいと言った? 社会のダニめ」
「しゃ、社会のダニィイイッ?」
「お前らみたいな重罪人はまとめてドッガーズに送られるんだよ。そこの白髪のねーちゃんの死刑執行日が近いからな。お前もついでに連れていく」
ドッガーズ。
死刑確定以上の超重罪人が送られる刑務所だ。
誰に間違われているのかは分からないが、相当な犯罪者ということが分かる。
電気椅子に座らされるイメージが脳裏に浮かんで背筋がピリピリする。
私は一息吐く間もなく起立させられた。
ムゥロは不機嫌そうに舌打ちするも、素直にベッドから飛び降りた。
「何だ、嬢ちゃん。左手は義手か。その年でお転婆しやがって」
「ぐぬぬ……」
悔しいがこれについては言い返せない。
私の右腕とムゥロの左腕に手錠がかけられる。
「これはお前ら極悪犯につける特注物だ。どんな刃物でも切れねぇ。キーピックも不可能だ」
確かに硬い。
――が、腕を曲げてみると手錠内に格納された鎖が出て鎖が伸びてくれた。
どこまで伸びるかは分からないが、トレイの個室まで一緒に入る必要はなさそうだ。
「ほら、さっさと歩け」
男に促されて檻を出ると、他の刑務官が待っていた。
毛むくじゃらを加えて四人の刑務官が私たちの前と後ろ、左右につく。
なかなかに厳重だ。
私とムゥロは急かされるように脚を蹴られながら刑務所を出た。
護送車は真っ白なバンだ。
後部座席の真ん中に座らさせられ、両端に刑務官が乗る。
「げへへ、二人ともこんなにカワイイのに凶悪犯なんだねぇ」
「ブグー、よせ。二人合わせて二十人以上殺してる極悪犯だ。噛みつかれるぞ」
「ジョップ。わーってるよ、冗談だ」
護送車はコアシティを出てラビリンスの舗装された道路を走った。
ラビリンスを車が走るなど、巨大生物が徘徊していた五年前では考えられない。
やることもないので、刑務官同士の会話に耳を傾ける。
「ドッガーズまでは五時間くらいか?」
「あー、そうだな」
五時間。
ため息が出てきそうだ。
早く弁護士に会って事情を説明したい。
早く家に帰ってベッドにダイブしたい。
そう考えたところで、家出をしていたということに気づく。
ははは、笑えないなぁ。
ガガンバ―の声が聞きたくなるなんて。
流れる風景は岩肌ばかりで単調だ。
次第にまぶたが重くなり、気づいたら景色が変わっていた。
木々が生い茂る石畳の道を走っていた。
タイヤが凹凸に乗る度に走る度に車体が大きく揺れる。
どうやら少し眠ってしまったらしい。
ドッガーズの方向を指し示す電光掲示板が見え、ようやくこの長い旅が終わる気配を感じる。
――が、予期せぬ事態が起こった。
助手席に座る刑務官が大きな声を上げる。
「おい、あれ人影じゃねぇか?」
「ヤバい避けられねぇ!」
ハンドルを切る運転手。
岩肌に乗り上げ、転倒する護送車。
天井と地面がさかさまになり、シェイクされながら滑る護送車。
悲鳴が上がる中、密着した身体が左右で押さえつけられ、腕が挟まれ、天井に頭をぶつけて――。
そこまでしか覚えていない。
草と木が燃える匂いに目覚めると、今度は焚火の横で寝かされていた。
「よぉ、お目覚めか?」
ムゥロは焚火の前に座り、口元をもぐもぐとしていた。
周囲は砂利と枯れた草木の点在する痩せた土地だ。
地平線を貫く長い道が真っすぐ延びている。
さっきまで転倒した車内にいたはずなので頭が混乱する。
「……ここは?」
ムゥロは何かのタネを吐き出すと、私の問いに肩をすくめて答えた。
「オレも知らねぇよ」
「そうだ、護送車や刑務官たちは……?」
「さぁな。今ごろオレらを探してんじゃねぇのか。カンキョク時代だったら捕まってたろうな。脳のチップでどこいても居場所がバレるんだから。だが、今の時代はそうはいかない」
「まさか……さっきの事故にまぎれて逃げたのか?」
返答しないムゥロの態度は肯定を示していた。
頭が痛い。
「気を失った私を担いできたのか? 何故……」
「手錠で繋がってなけりゃお前なんか連れてこねぇよ。ま、斧か何かがありゃ、お前の右腕切り落としても良かったんだが……」
睨みつける私の視線を笑い声で吹き飛ばす。
「ハッ。冗談だっつの。そんな目で睨むなよ」
「誤認逮捕だというのに、脱走すれば疑いは深まるだけだ。何てことをしてくれる」
「なぁ、キョウダイ、そんな怒んなって。こうなったらもう遅い。オレはどの道死刑だ。どんな言葉をかけられても戻る気はない。分かるだろ?」
「仮に断れば?」
「殺す」
気づけばガラスの破片が首元に押し付けられていた。
赤い瞳は冗談を言っているようには微塵も見えない。
ひりつく冷たい空気が喉を刺す。
「オレは十八人殺してる。もう二、三人増えたところでどうってことねぇ。むしろあと一人で最年少記録を抜けるらしい。どうせならとことんやるって方がスッキリしねぇか?」
「……狂っている」
「ハッ。お褒めにあずかり光栄だ。手錠が外れるまでは付き合ってもらうぞ」
私が大きなため息をついていると、ムゥロは消えかけの焚火を足で踏んで消した。
正直、この同年代の女子が大勢の人を殺したようには見えない。
「事故現場からもっと距離取らねぇと危ねぇ。行くぞ」
でも、先ほどの刑務官も「二十人殺した」みたいなことを言っていた。
それが本当であれば少し怖いが、主導権を握り続けらる訳にもいかない。
まずは情報収集だ。
さぐりを入れる質問をしてみる。
「さっきの焚火は痕跡を残すことになるんじゃないのか?」
「お前、逃げるのに反対なんだろ? じゃあ、痕跡は残ってた方がいいんじゃねぇか?」
「それは……そうなのだが」
「痕跡消すのにも時間がかかるからな。ここまでの道のりの痕跡は残らないようにしたし、今は時間を優先するのが一番だ」
「しかし、どうやって火を……?」
「質問が多いな」
目を細めたムゥロが、ライターを宙に投げてキャッチした。
「刑務官から盗んだのか……」
「護送車と通信機器は壊しておいた。ヤツらは応援が呼べず、車での捜索もできない」
なかなかに手際がいい。
だてに十八人も殺すまで捕まらなかっただけはある。
「なぁ、ムゥロ。もう一度ちゃんと話し合わないか?」
「安心できる状態になるまでは話す気はねぇ。それくらいは分かるだろ?」
手錠に引っ張られ、私は口をつぐんだ。
このムゥロという少女、私の反論を防ぐ十分な準備が既に終わっている。
だからすべて即答なのだ。
これ以上話したとしても無駄だろう。
私がやるべきことは、この移動中にムゥロの考えている「更に先」を考えておくことだ。
そう切り替え、私はひきずられるようにムゥロの背中を追った。
どうにかムゥロを刑務官に引き渡す方法はないのか。
ムゥロを説得する方面と、刑務官に居場所を伝える方法を模索する。
災難ばかりで頭が爆発しそうだ。
しかし、一つだけ分かったことがある。
ムゥロは頭が回るのが、だからこそ、嘘をつく時は分かりやすい。
焚火を離れて気づいたが、この一帯は肌寒い。
ムゥロは気を失った私の身を案じ、焚火を作ったのだ。
いや、そう信じたいだけかもしれないが。
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