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 よくよく考えれば――。  私の人生の中で初めての負けだった。  それほどにタクティクスプーカーは得意だったし、実際に負けなしだった。  唖然、という感覚に近いかもしれない。  抜け殻のような空っぽを引きずったまま、私は引きずられるようにムゥロの背を負った。 「モンボーとキャンディに会いに行く。お前は邪魔するんじゃねぇぞ」  振り向いたムゥロが釘を刺し、私はコクリとうなづく。  空虚の中に佇む何か。モヤモヤとした霧。  私は自分の感情が分からないまま、賑やかな街を横切っていった。  次の日。  私たちはお金を稼がなければならなかった。  その日食べるパンすらないのだから当然だ。  とはいえ、二人は手錠でつながれている。  できることは限られていた。  ムゥロは横切る人から財布を盗み、私は地図を紙に書きだして売った。  最初は見向きもされなかったが、興味本位で覗いていった中年が、自分のマップと見比べて目を見開いた。 「紙の地図なんて久々に見たけど、すごく精密だね」  いかにも労働者と言わんばかりの風貌だ。  砂や泥で汚れた上着、白髪交じりの坊主頭。  恐らくワーカーと思われる中年が目を丸くしてこちらを見ている。 「そうであろう」 「この地図から西方面はあるかい?」 「あるとも」 「採掘用のものを一つもらっていくよ」  私は地図が売れて喜ぶが、ムゥロはつまらなさそうに小指で鼻をほじっていた。 「つまらない人間だな」 「何だと?」 「聞こえなかったのか? つまらねぇ人間だって言ったんだよ!」  私はムゥロのスネを蹴り、眉を吊り上げたムゥロが私の頬を叩いた。  お返しに左ブローを繰り出すが、ムゥロの右手でキャッチされ、カウンターの膝蹴りを腹に食らう。 「何だ、ケンカか?」 「チッ」  目立つのを避ける為、ムゥロは鎖を引っ張りなら私を路地裏に連れ出した。  鎖がギシギリと悲鳴を上げ、私の右手首が痛む。 「ケンカも弱いんだな、お前」 「ムゥロオオオ!」  私はとびかかるように拳を放った。  怒りに任せた本気のストレートだ。  岩を砕く特注の義手であり、放った瞬間に後悔したが――。  ムゥロは涼しい顔のまま平手で受け流し、逆に顔面にパンチをもらった。  鼻血が飛び散り、後ろに吹き飛びそうになった瞬間、鎖で引き戻されて頭突き。  火花が散って、目の前が真っ暗になった。    覚えているのはそこまでだ――。  気づくと周囲は闇夜で、路地裏で寝かされていた。  見上げる空には人工の月と、串肉を頬ぼるムゥロ。  お腹をさする。  ほとんど痛みはない。  ムゥロは手加減したのだ。  私がケガをすれば、医者に行かなければならない。  そういうのは避けたかったのだろう。  対して私は、怒りに我を忘れて拳を放った。  当たり所が悪ければ、殺していたかもしれない。  しかも、私から手を出した。  悪いのは私だ。 「つまらない……人間か……」  その通りだと思わされて――。  気づいたら涙があふれていた。 「うぐ……うぐ……」  袖で泣き顔を隠す。  ムゥロにも聞こえていただろうに。  彼女は何も言わなかった。  私はこのとき、気づいてしまう。  己の感情に気づいてしまう。  私は――。  ムゥロに嫉妬しているのだ、と。
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