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せっかく到着したコロニーから戻って約二キロ。
私は風で舞って転がり落ちた張り紙を拾う。
そこには一億クレジットの賞金がかけられた私とムゥロの人相書きだった。
「何ということだ……どんどん状況が悪化していく!」
ムゥロは木陰に座ると大げさにため息をついた。
「そんなことは後だ。ひとまずあのバカ姉妹の対策考えっぞ」
「あの二人を知っているのか?」
ムゥロは吐き捨てるように言った。
「ドマネコン姉妹だ。姉のココに妹のロロの二人組。最悪の賞金稼ぎで、同時に自分らも賞金首ってイカれっぷりの腕利きだ」
「物騒だな」
「捕獲相手を必ず死体にしてしまうことから死神姉妹って呼ばれてる」
「そんなやつらに目をつけられたのか……恐らくあの姉妹はこちらの動向を完全に予測しているぞ。そういう待ち伏せだった」
「この手錠を切断する方法は限られてるからな。まー、情報通であれば、キャンディとモンボーの線から潰すわな」
「そして、そのキャンディとモンボーに会いに行くには、オイヒヴァー・コロニーを通るしかない」
「つまり、あの姉妹は下手に動かず、あのコロニーで引き続き待ち伏せするってことだろ?」
私は静かにうなずく。
ムゥロは話が早くて助かる。
これがガガンバーだったら「お? どういうことだよ?」「は? 何でだよ?」と疑問の嵐だ。
「メメンプー、お前、何ニヤついてんだよ。気持ち悪い」
「う、うるさい!」
「だがよぉ、逃げ切れたってことは、そう大したヤツらじゃねぇかもな」
一時の休息のつもりだったのだろう。
ムゥロは勢いよく立ち上がった。
「いや、わざと深追いしなかっただけだ」
「はぁ? 何の為に?」
ガリガリと白い頭を掻くムゥロは不機嫌そうだ。
「まずは情報を集めるのに特化したのだ。武器、格闘センス、実際に私たちはすべてさらしてしまった。相手はあの場所を死守すればいい。焦らず確実に仕留める策なのだろう」
「じゃあ次はこっちが仕掛ける番だ。さっさと倒しにいくぞ」
「冷静になれ、ムゥロ! 私たちは不利なんだぞ!」
ムゥロは運動能力が高く、頭も回る上に知識も豊富――。
完全無欠の少女だと思っていた。
だが、私と同じで頭に血が上ると直情的に動くらしい。
私は一息ついてから言った。
「相手はこちらの行動を読んだ上で罠を仕掛けているはずだ。まだ隠している武器や奥の手があるかもしれない」
「じゃ、どうすんだよ?」
クールダウンしてきたのか、ムゥロの声が落ち着いた。
「敗因は情報不足以前の問題だ。まずは徹底的にチームワークを鍛える」
「……チッ」
感情的には反論したいが、こちらの言っていることに納得もしているのだろう。
ムゥロは口を曲げてプイッと顔を背けた。
うむ。
なんとなくムゥロのことが分かってきたぞ。
スーパーガールでありながら、根っ子は私と同じでまだ子供。
惨敗が悔しいのはムゥロも同じなのだ。
だから――。
私たちは「特訓」を行うことにした。
まず、自分たちの身体能力を測った。
その上で相手の武器にどう対処するかの戦略図を作る。
そして、ハンドサインをつくって戦闘中の意思疎通ができるようにする。
サインと実際の動きを何度も練習し、双方の体に覚えこませた。
「バカ野郎! てめぇいつも遅いんだよ!」
「お前が早いだけではないか! バカはそっちだ!」
そんな感じで三日間を特訓に費やした。
先日のようなチグハグな動きは完全に消え、洗練された軍隊のようなチームワークが完成した。
「これならいけるな」
「明日、決行しよう」
次の日――。
私とムゥロは隠れ家にしていた廃屋で、並んで歯を磨いていた。
アラクという木の根で作った歯ブラシだ。
「あいつらまだあのコロニーで張り付いてっかなぁ? ペッ」
「こっちに飛ばすな! 張り付いてなければそれはそれでありがたいが……まずないだろうな」
「だよなー。マジたりぃ」
そう言いつつも、声には少し張りがある。
特訓の成果を試したくて仕方がないのだろう。
私も同じだが。
荷物の準備良し、服装良し、武器の確認良し。
私たちは準備を整えると、廃屋を出てコロニーに向かった。
特訓の間の三日間はまともに食事ができない状態だったので早くどうにしかしたい。
コロニーに入って数分――。
以前、奇襲を受けた場所から少し離れた大通りで、あくびをしていたムゥロが何かに気付いた。
ムゥロはカンが鋭い。
というか、この状況であくびとは危機感がないというか何というか――。
「上だ!」
ムゥロの叫びに呼応し、私は上を見る。
「ひゃはははは!」
真上から飛び出したのは――姉の方だ。
三日前に見せた二丁拳銃は抜いておらず、急激に距離を詰めての二枚のナイフでの近接戦。
ムゥロの武器――日本刀はリーチが長い為、超接近戦では不利になる。
それ故の選択だろう。
だが、その初手は読んでいた。
私がムゥロの前に出て、義手でナイフを弾く。
義手は三日前の戦闘でさらしていない唯一の武器だ。
姉は二枚のナイフを広げたまま、踊るように回転し、二撃目を繰り出した。
「ひゃはははは!!!!」
二撃目も義手ではじき返し、火花が散る。
ムゥロが居合の構えをするとともに、姉はバックステップで距離を取った。
離れつつナイフを投擲。
一撃、二撃を日本刀で防いだムゥロに、今度は腰に下げていた二丁拳銃を抜き取ってトリガーを引く。
二発、三発と弾丸が飛び交い、空樽を破裂させ、店の壁を抉る。
銃弾の嵐を後目に、私とムゥロはハンドサインで規則正しく動き、オープンテラスのレストランに走った。
なお、指示系統はまとめたほうがいいと考え、私たちは事前にジャンケンしておいた。
私の指示に従うムゥロは、見るからに不服そうだが、肝心の動きは息ぴったりでまるで姉妹。
「すまない! 通らせてくれ!」
そう叫ぶ私の声に店員やお客さんが目を丸くする。
――とはいえ、姉妹も私たちが建物内に逃げ込む判断は予測していたらしい。
レストラン店内に入って直ぐ、妹ロロの奇襲が待っていた。
どこに待ち伏せしているかまでは予測できなかったが、何と屋上から床を突き破ってのマシンガン掃射。
リズムカルなマシンガンの音色に、客や店員の叫び声がハーモニーを奏でる。
「マズい! 早く出ないと被害が拡大するぞ!」
悲鳴とクレームの地獄絵図を走り抜け、店の裏口ドアを蹴飛ばす。
路地裏に出て、空を指さすハンドサイン。
ゴミ置き場やパイプを伝って屋上に飛び乗り、屋上を走り抜けた。
私たちはこの三日間、死神姉妹とどう戦うか考えた。
考えた結果、戦闘は極力避け、コロニーを走り抜ける選択肢を選んだ。
私が出した結論に対し、これまたムゥロは不服そうにしていたので、最後はジャンケンで決めた。
ムゥロが弱いのか、私が強いのか分からないが、ジャンケン二連勝で私の判断が優先された。
だが――屋上でマシンガンを掃射していた妹ロロは、私たちが屋上を辿って逃走することまで読んでいた。
だから屋上で待ち伏せしていたのだ。
手のひらで踊らされている気分だ。
ロロはすぐさまこちらを追ってきた。
身体を覆うマントは砂嵐から身を守る為のものだろう。
だが、武器を隠すのにも使える。
マントからヌラリと出てきた長身の銃を見てムゥロが目を剥く。
「ヤベェ、スナイパーライフルだ!」
「ここまでこちらの動きを読んでいたとは! なかなか賢いやつらだ! 飛ぶぞ!」
私は少し低い天井に向かってハンドサインした。
ジャンプとともに空気を裂く音が響き、先ほどまで立っていた場所に穴が開く。
私たちは休むヒマもなく走り出す。
練習した甲斐もあって、ここでも息はぴったりだ。
ロロを大きく引き離し、二人でジャンプ。
路地に着地したところで長身の姉が二丁拳銃で出迎えてくれた。
「きゃは! 妹が言ってた通りじゃん!」
どうやらロロが頭脳役で作戦を練っているらしい。
「チッ」
ムゥロが舌打ちしながら刀の柄に手をかける。
距離は五メートルほどか。
着地の硬直を狙われている。
まさか屋上を使った逃走ルートまで見抜かれるとは思っていなかった。
だが、仮に妹がブレインなのであれば――。
「ここを凌げば逃げられるはずだ!」
「わーってるって!」
ムゥロは刀を抜くなり、そのままココに向かって投げつけた。
まさか刀を投げるとは思っていなかったのだろう。
ココを一瞬だけ怯ませることができた。
その怯み故か、ココの銃撃精度は落ちており、銃弾はムゥロのマント下を通過する。
回転する刃は正確に獲物に迫り、ココは回避の為に大きく体勢を崩さざるを得ない。
その隙にムゥロは、ポカンと突っ立ているおじさんのバイクをひったくった。
「お、俺のバイク!」
私は急いで紙幣を取り出し、おじさんに渡した。
「すまない! 必ず返すから少しの間、貸してくれ!」
ムゥロが運転するバイクの後ろにまたがると同時にエンジンが鳴る。
走り出したバイクはすぐに路地の角を曲がり、大通りに滑り出る。
姉の銃撃を背後に聞きながら、私たちはコロニーを出た。
「ザマーみやがれ!」
ムゥロが叫び、エンジン全開で公道を駆け抜ける。
私は振り落とされないよう必死にムゥロの腰にしがみついた。
風を浴び、叫ぶムゥロが気持ちよさそうで――。
私も叫んでみた。
「ザマーみろ!」
「はッ!」
背中ごしで顔は見えないけれど、ムゥロが笑った気がした。
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