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次のコロニーに着いた頃、私はようやくムゥロの異変に気づいた。 バイクを乗り捨てたムゥロは息が荒い。 額に脂汗がにじみ、赤く濡れたマントを押さえていた。 どうやら腹部から血が出ているらしい。 「ムゥロ……まさかあのときの……」 思い当たることがあるとすれば、ドマネコン姉妹の姉から受けた銃撃。 マントをかすめた銃撃の弾は、ムゥロの腹部に刺さっていたのだ。 「見せろ」 「は? ……てめぇに見せて何になる」 私たちは指名手配されている身。 病院に行く訳にはいかない。 それを分かっているとしたら、ムゥロはどうする気なのだろうか? まさか自分で弾を抜く気だろうか? 「見せろと言っている」 「だから……」 「私は医学部卒だ! 手術の実技も経験している!」 そうまくし立てると、ムゥロは押し黙って従ってくれた。 幸い、たどり着いたコロニーは、ビルが並び立つ――比較的文明レベルが進んでいる土地だった。 ピンセット、糸、ナイフ、ライター、消毒液、ライター、包帯などを購入し、脇腹に残った弾丸を取り除く手術をした。 人目がつかない廃ビルを探し、シーツを敷いて簡易的なベッドを作った。 麻酔は用意できなかったので我慢してもらうしかない。 木の枝を噛み、痛みを我慢するムゥロの顔は見ていられない。 私は一秒でも早く手術が終わるよう集中する。 消毒して、ナイフで傷口を広げ、ピンセットで弾を取り出す。 痛みでもだえるムゥロは、それでも何とか耐え続けてくれた。 手術が終わった頃、辺りはすっかり夜になっていた。 一時間を超える手術により、傷口は閉じて糸で繋がれた。 ムゥロは咥えていた木の枝を吐き捨てると、そのまま疲れて寝てしまった。 目を閉じる寸前、何やら礼を言われた気がしたけれど、掠れていてよく聞き取れなかった。 次の日――。 目覚めたムゥロはもういつもの通りだった。 あぐらをかき、背を丸めて面倒そうに言う。 「ドマネコン姉妹が死神姉妹って呼ばれるのには強さ以外にも理由がある」 「何だ?」 「粘着質なんだよ。どこまでも追ってくる。それで死神だ」 笑いながら襲ってくる姉のココと、気だるそうだが頭脳派のロロ。 二人の様子を思い出して吐き気がしてくる。 「また戦わなければならないのか? おぇえ……」 ムゥロはあぐらをかいた足の上に薬瓶を乗せ、カプセルを摘まみ食いしながら言った。 「だからこそ、今後もコンビネーションは練習していくぞ」 「お、おう」 私たちはコロニーを出て旅を再開した。 休める場所を見つけたら修行も再開した。 まずは自分たちの状況、鎖の長さやお互いの身体能力を完璧に把握する。   次にハンドサインの精度を上げ、新技の開発も行う。 手錠のハンデを補うどころか、相手のスキを付けるレベルまで昇華した。 性格は正反対かもしれないが、ルールを決めれば相性は抜群だった。 そのルール決めでもめにもめる訳ではあるのだが……。 そんな日々が繰り返されたある日の夜――。 川の字に並んで寝っ転がっていると、ムゥロがこちらを見ずに尋ねてきた。 「父親ってフツーは口うるさいものなのか? うちはそーでもなかったんだがよぉ」 私はガガンバーを思い浮かべて答える。 「あぁ、口うるさい」 そうは答えたはいいものの、最近はそうでもないとも思う。 「でも、最近はうるさくなくなったな。私がワガママを言わなくなったからだろうが」 9歳のあの大冒険の後、私はすぐに「また旅に出たい!」と言い出すと思っていた。 自分で言うのも何だが、私は好奇心を抑えられない人間だ。 でも、実際は違った。 私は「旅に出たい」とは言わなくなった。 それどころか、ガガンバーの言いつけを守るようになっていた。 本来の私の性格からすれば「ありえない」ことだ。 でも、私は実際にワガママを言えなくなっていた。 「ガガンバ―はそんな私を複雑な目で見ていた」 「……」 「迷惑はかけてないはずなのに……心配される。何故だろうな」 深刻に受け止めてほしくはないので、笑いながら返したのだが――。 気づくとムゥロが視線だけこちらに向けていた。 「お前の親父はよ。本当はお前に我慢してほしくねぇんじゃねぇか?」 「……」 ムゥロの返答に、私は押し黙ることしかできなかった。 仰向けになると人工の星が遠くに散らばるように広がっていた。 私は心の中でずっと引っかかっていることがあった。 ガガンバ―は実の父親ではない。 その事実を知った当初、私は気にしていなかった。 同じようなシチュエーションのドラマを観ても「血のつながりなんて関係ない」と思っていた。 だが、成長するにつれ、その事実は私の心を蝕んでいった。 まるで毒だ。   気にしないと思えば思うほど、気になって眠れなくなった。 本当の父親はどんな人なのだろうか? 私に似ているのだろうか? そう夢想し、ガガンバ―に申し訳なく思う。 私の父親はガガンバーだ。 だが、ガガンバーは、私のことを心から娘と思ってくれているのだろうか。 疑うまでもない。そう思いつつも考えてしまう。 拭いきれないモヤモヤ、信じきれていない事実を申し訳ないと思ってしまった。 考えすぎた結果、日々のやり取りにも僅かな遠慮が生じた。 「ま、無事帰れたら一度話してみりゃいいさ」 ムゥロにしてはまともな助言だ。 それができれば苦労はないのだがな。 ムゥロはそのまま静かな吐息をたてて眠った。 その手に薬が握られているのを見る。 寝る前に飲もうとして、飲み忘れたのだろう。 透明な瓶に入れられたカラフルなカプセルの一つだ。   私はその薬を摘み取り、成分を分析してみる。 できれば聞いて答えてくれれば良かったのだが、いつもはぐらかされる。   悪いと思いつつも、好奇心が勝った。 そこで私は知ってしまう。 その薬の正体に。   「こ、これは……!」
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