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ドマネコン姉妹を振り切って二日。 目的の場所はコロニー郊外の荒れ地にあった。 ガラス戸を叩くと、二メートル近い長身の男が出てきた。 身体はスラリと細く、背も少し曲がっているが山のような威圧感がある。 坊主頭にヒゲ面は子供が見たら泣くんじゃないかって人相だ。 ムゥロが話していたモンボーという男だろう。 ドッグキャラバンというハッカー集団の元メンバーで、ハッキングや盗聴を担当していたらしい。 悪い人間だったかもしれないが、今はまともな商売――バイク屋をしているようだった。 ザクレットゥが見たら目を輝かせるような色とりどりのマシンが並んでいる。 中にはラビリンスの未開拓地帯も走行できる改造車まである。 「ドッグキャラバンの元メンバー……モンボーだな」 ムゥロが前に出て話を切り出した。   私たちの風貌を見て客ではないと理解したのだろう。 モンボーの表情が見るからに曇った。 「帰れ」 「ちょっと待て、オレはまだ何も……」 「昔の悪行を掘り出して話を切り出すヤツなんざロクな話しねぇだろ」 私は交渉が苦手そうなムゥロを手で制して前に出た。 「いきなりの話ですまない。モンボーさんにしか解決できないことなのだ。話だけでも聞いて欲しい」 モンボーは巨漢を丸め、頭を掻いてため息をついた。 「聞かないと帰らないつもりだな」 「じゃあ!」 「話を聞くだけだ!」 店内はバイク屋のオイルだの取り換え式のライトだのタイヤが並んでいた。 あまり見ない光景につい目が奪われてしまう。 「それで?」 テーブルについたモンボーが不機嫌そうに促す。 ムゥロは単刀直入に言いそうなので、手で制して口を出さないようにしてもらう。 「チッ」   ムゥロは不機嫌そうだが、何事も結論から言えばいい訳ではない。 私は椅子を引き、事情を説明した。 「なるほどな。冤罪なのにそっちの嬢ちゃんが逃げ出したってか。そりゃ難儀なこった」 「だから、モンボーさんにこの手錠を……」 「ダメだ、ダメダメ」 「お金は用意してある」 「そういう問題じゃねぇ」 腕を組み、黙り込んだモンボーの背後で声がする。 「あんた、どうしたの?」 子供を抱えた金髪の女性だ。 髪は肩ほどで切りそろえ、白い肌に大きな目が瞬きしている。 ゆるりとしたワンピースの上からでも分かる抜群のスタイルだ。 よく見れば背中にも子供を背負っている。 「仕事の話だ」 「何難しい顔してるの? その子たち困ってるんでしょ? 手伝ってあげなよ」 「困ってま~す」 ムゥロが適当な相槌をするものだから、私は「黙れ」の意味を込めて足を蹴っておいた。 「キャンディは黙ってろ。ほら部屋に入っておけって」 立ち上がったモンボーがキャンディと呼ばれた女性を押し返す。 確かキャンディという女性もドッグキャラバンの元メンバーだ。 記憶によると機械や爆弾の知識が豊富だとか……。 見た目からは想像できないな。 「という訳だ。これ以上話しても無駄だ。帰れ帰れ」 ムゥロが無理を言うと思ったが、素直に従って外に出ようと顎をしゃくった。 私はついていって店を出る。 「あのオッサン、子供ができて、もう無茶しないって決めたんだろうよ」 「そういうものか……」 「そういうもんさ」 「これからどうするのだ?」 「……お前が言っていたユーリとザクレロってヤツらに会いにいくか?」 「ザクレットゥだ」 「奇妙な名前で覚えにくいんだよ!」 「私に文句を言うな!」 「でもよぉ、どこいるかも分からねぇんだろ? やっぱ、子供を人質に取ってでもモンボーのおっさんに頼んだ方が……」 ムゥロが物騒なことを言い出すのと同時に、視界の先の茂みが不自然に揺れる。 「待て……狙われている」 「まさかドマネコン姉妹か!? もうフェイクを見破ったのか?」 「夫妻を巻き込む訳にはいかない。早く店から離れるぞ!」 私は叫び、動き出したが遅かった。 スナイパーライフルから射出された弾丸が、マシンの一つを貫き、燃料に引火して爆発する。 「動くな!」 爆風を割くように、拡声器で拡張されたデカい声が響く。 視線を向けると、ドマネコンの姉――ココがこちらに近づいてきていた。 揺れるマントの間から二丁拳銃が見える。 「追っかけっこみてぇなクソな戦いはもうしたくないんだよね。ライフルでの狙撃なんてのもつまんねー。だから提案。真剣勝負しようよ」 「はぁ? そんなん信じる訳ないだろバーカ!」 ムゥロが叫んだ瞬間、もう一つのマシンが爆発して火を噴いた。 「お前らもうココに捕捉されてんだぞ。このバイク屋、田舎らしく敷地が広いし隠れることもできない。分かるか? 詰んでるってこと。それなのに真剣勝負しよーって言ってあげてんの。断る理由なんてなくない?」 「ムゥロ。あいつが言うように詰んでいる。ここは話に乗ろう」 ムゥロは眉を吊り上げて前に出た。    「おうおう、スナイパーライフルで狙いながら真剣勝負ってか? こっちは安心して真剣勝負できないんだけど?」 ムゥロの文句に対し、ココが拡声器を持った手を上げた。 それを合図に、木陰に隠れていた妹――ロロが渋々姿を現す。 何を考えているのか、狙撃のアドバンテージを捨て、トコトコとこちらに歩いてきている。 100メートルまで距離を詰めて分かったが、何故かロロの顔が腫れていた。 「こいつぁー頭いいんだけどよぉ。めんどくせぇ作戦しか立てないんだよね」 どうやら姉のココに殴られたらしい。 「おもしろくいから正面から戦う戦略に変えたんだ」 それはもはや戦略も何もないぞ。 妹さん……筋肉バカの姉のもとで苦労してるんだな……。 「ロロ、お前スナイパーライフルは捨てろ」 「え? 姉ちゃん、さすがにそれは……」 「捨てろバカ! 大人の真剣勝負なんだよ! お前、ショットガンもハンドガンも持ってるだろうが! 卑怯なのは捨てろ」 「うげぇ……」 本気で嫌そうな顔をして、妹ロロが自分の身長ほどあるライフルを捨てた。 近くで見て分かったが、姉は筋肉質でスタイルもよく、長身。妹は小柄だ。 「おい、メメンプー、このココってやつバカで助かったな」 「それでもピンチには違いない。油断するな」 「わーってるって」 ムゥロが舌打ちする。 「つか、お前ら! 人の店で何やってやがる!」 騒ぎを聞きつけて店内から飛んできたのだろう。 背後でモンボーが烈火のごとく怒っていた。 「あー、改造したばっかりのプーちゃんが!」 見た目に反してかわいらしいネーミングだ。 「モンボーさん、あいつらは賞金首だ! 危険だから中へ!」 私の忠告を掻き消すようにココが笑う。 「ギャハハッハア! ギャラリーいいねぇ。大丈夫、あたいらはその二人にしか手出ししないよ」 「あのバイク爆発させたクセに何言ってんだか……」 ロロの独り言のような突っ込みも姉は見落とさない。 「てめぇがスナイパーライフルで撃ったんだろぉ!」 「姉ちゃんの指示だろ!」 「そだっけか? まぁいいや」 ココが拡声器を投げ捨て、こちらを見た。 戦闘開始の合図なのだろう。 マントの下で二丁拳銃を取り出すのが見えた為、私もムゥロも身構える。 「真剣勝負じゃぁああああッ!」 私のハンドサインでムゥロが同時に動き銃撃を回避。 二人で波状に動きながら接近。 当たりそうな弾は義手で弾き、ムゥロは刀で斬りおとす。 障害物がなく、こちらに遠距離での決定打がないことを考えれば、ダメージ覚悟で接近戦に持ち込んだ方がよい。 その判断のもと速やかに距離を詰める。 ムゥロの刀が地面を削りながら姉ココの喉元に向かう。 刀の軌道は見えないほど速かったが、ココは左手の拳銃でガード。 そのままココは右手の拳銃をムゥロに向ける。 私は下から蹴りを打ち込み、ココの右手を上方にズラす。 発砲音が響き、空中に弾丸が撃ち込まれた。 着地と同時に回し蹴りを決め、右手の拳銃を弾いた。 「チッ、前より息合ってるじゃねぇか」 追い討ちを決める為、ムゥロが突進。 だが、寸前でココがバックステップ。   ココの背後に隠れていた妹ロロに入れ替わり、ショットガンで迎え撃つ。 ――が、ムゥロの剣撃が速かった。 一直線に伸びた突きはショットガンの開口部に突き刺さり、真っ二つに割った。 勢い余った飛び込みキックがロロの顔面に突き刺さる。 遅れて発射されたショットガンの弾は上空に霧散する。   姉ココはその隙に左手の銃をムゥロにぶちかますが、私が前に出て義手で二発目までは撃ち落とす。 三発目はムゥロのマントに穴を空けるが、その時点でムゥロの突進はすでにココを向いていた。 居合の構えから繰り出される剣撃がココを襲うが、二人の間に立つ私で視界が悪いココの反応が遅れる。 私がタイミングよくしゃがみ込み、ココが剣撃を目視した時点ではもう遅い。 避けようのない居合い抜きが目の前に迫っていた。 ココの脇腹には鉄板でも仕込んであるのだろう。 刀を受けた腹部で金属音が鳴る。 とはいえダメージは大きい。 ココは砂利の上を何度も転がった。 一瞬の出来事だった。 練りに練ったコンビネーションで死神姉妹を圧倒したのだ。 「よし、縛るぞ!」 二人を縛り上げた私とムゥロは、自然にグータッチしていた。 「やったな!」 「き、気を抜くんじゃねぇ!」 ムゥロはいつも通りぶっきらぼうな態度だが、きっと嬉しいのだろう。珍しく頬を染めていた。 だから私は口角が上がるのを必死に止めながら「だな!」とだけ返しておいた。   まず姉のココを縛り上げる。 縛り上げたところでちょうど意識を取り戻した。   「私らをどうするつもりだ?」 あのうるさかったココが声のトーンを落として聞く。 武器を失い、手負いの状態ではさすがに観念したのだろう。 ココは膝をつき、こちらを見上げていた。 その背後には妹のロロが倒れている。 「警察に突き出すに決まってるだろ! この犯罪者どもが!」 「ムゥロ、お前が言うとブーメランになるぞ」 「あ、そだな」 半目のムゥロが興味なさそうに答える。 「虫がいい話だが、ロロは見逃してやってくれないか?」 そう懇願するココの瞳は真剣だった。 さっきまでとのギャップに驚いていると――。 「メメンプー!」 突然、ムゥロに突き飛ばされた。 意味が分からないまま顔から砂利に突っ込む。 何が起こったのか確認する為、立ちあがろうとして――。 目の前が真っ白になった。 ロロが隠し持っていた剣で、ムゥロの胸部を刺していたのだ。 しかも、ただ刺しただけではない。 死角を突く為、姉であるココの背後から――。 ココごと刺したのだ。 ムゥロが突き飛ばさなければ、私が刺されていた。 「ぐぅ……メメンプー、てめぇ、油断すんじゃねぇよバカ」 マントの下の服を辿り、血が滴る。 「ムゥロ!」
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