雪の中、あなたの体温

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「僕は、雪女に会いたい!」 授業が終わりを告げ、部活動に励む時間。 長い廊下を奥まで進んでいくと、突きあたりには、"不可思議事象研究部(ふかしぎ じしょう けんきゅうぶ)"と プレートがかかった教室がある。 いつものように部室を訪れた小桜(こざくら)を迎えたのは、そんな部長の声だった。 「頭でも打ったんですか、部長」 「小桜くん! 我が部のモットーを言ってみたまえ!」 「解明されていない不可思議な事象を研究し、追い求めることです」 「そのとおり! つまり、雪女だ!」 ふかふかのソファに腰をかけた小桜は、冷静に思った。部長のお決まりの長台詞がくる、と。 「僕は存在しているかわからない不明瞭な者たちに対して、憧れを抱いている! 世の中で起こっている不可思議な現象に、彼らも関わっていることがあるのではないか? それを見つけたい! 解明したい! その手始めに……」 「雪女に会いたいわけですか」 「そのとおりだよ小桜くん! いやぁ、君もこの部に染まってきたようだね! 僕は嬉しいよ!」 不可思議事象研究部。 この部に入部して以来、さんざん聞かされた長台詞にうんざりしていた小桜は、 少し意地悪をしてやろうという精神で話に割って入ってみた。 しかしそれは予想外に部長の目を燦然と輝かせる結果となってしまい、そうなってから、部長はこんな軽い意地悪なんかに屈するどころか気がつきすらしない人間だったことを思い知った。 通常の部長のテンションだけでもいっぱいいっぱいなのに、さらに気分を上乗せさせてしまったことが悔やまれる。 「それにしても今日は冷えるね。小桜くん、寒くないかい? もう少し暖房の温度を上げようか?」 そんな小桜の気もしらず、部長はリモコンを手に取って温度調節をしだした。 部員数二人のこの部活において、部室にふかふかのソファがあったりエアコンが常備されていたりするのは、父親がこの学校の理事長をしている部長による、 「せっかくある七光りを利用しないのはもったいない!」という図太い神経の賜物だった。 「ため息と風邪に関連はあるのでしょうか」 自分がいま風邪である要素などひとつもない状況において心配されていることが理解できず、小桜は訊ねた。すると部長は胸を張って言った。 「咳もくしゃみもため息も同じようなものだよ!」 「少なくともため息は仲間外れでしょう」 「小桜くん、仲間外れはよくないよ」 「それはそうですね」 小桜はなぜか納得させられてしまった自分にはっとして、軽く首を振った。 「そもそも暑くても寒くても、よほどでないかぎり私には支障がありませんから、部長のお好きな設定にしていただいていいですよ」 「小桜くん、前にも言ったでしょ、女の子は体を冷やしたらよくないって」 部長からは度々女の子扱いされるが、そのことについて、小桜はあまりぴんときていなかった。 それが嫌なのかと言われたら、そうではない。 部長に出会うまで性別の有無を考えることがなかった小桜にとって、そうされることがなんとなくこそばゆいのだ。 夏の活動の際、使われなくなって久しい校舎の屋上の錆びた扉を、片手で引き開けた小桜の怪力を目の当たりにしても、部長は変わらずに女の子として接してきた。 あの怪力イベントについて部長がどう思っているのかは定かではないが、それでも部長にとって自分が「女の子」という認識であり続けているのが、小桜としては不思議でならないのだった。
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