雪の中、あなたの体温

4/6
前へ
/6ページ
次へ
「部長、私たちはなにをしているのでしょう」 「なにって、雪女の捜索さ!」 小桜にもわかっている。今日の部活動の目的がそこにあることを。 しかし、果たしてこれは目的に即しているのだろうかと、小桜は疑問を感じずにはいられなかった。 なぜなら、学校を後にした部長、そして小桜の二人は、まず駅前広場を経由して 商店街に行き、近くにあるからお参りして行こうという部長の提案で神社の石段を登り、住宅街を周って辿り着いたモールで軽食を食べ、そして今は自動販売機で購入したホットドリンクを片手に公園のちょっとした屋根のある休憩スペースに座ってまったりしている。 これは本当に部活動なのだろうか。これを今日の活動記録に記入するのか。 もちろん、その間に雪女を見つけるという目的を達成できているのならば、今日の活動内容として申し分はない。 だが、そうではない場合、部長と小桜は、ただ雪の降る街を手を繋いでぶらぶら しただけの学生である。 はたから見ると、デートをしている二人だと思われていてもおかしくはない。 だから小桜は、私たちはなにをしているのかと訊ねたわけだが、部長は今も本来の目的を遂行しているつもりらしい。 雪女。その妖が実在しているという、本来人が確信を持ち得ていない事実を、 人ならざる小桜は知っている。 仮に、都会に現れた雪女が雪を降らせているという部長のむちゃくちゃすぎる仮説が正しかったとしても、山奥で孤独に生活する男や老夫婦を標的にする雪女が、 多くの人目のある場所に堂々と姿を現すわけがない。 ……にもかかわらず、小桜の心がどこかざわついているのは、夕暮れにかけて、 あたりが暗くなり始めているからだろうか。 降り止まない雪が、灰色の分厚い雲から止めどなく落ちてくる光景が、不気味で たまらなかった。 (今日の活動が、ただのデートで済めばいいけれど……) 小桜が懸念を抱いたとき、ベンチに座っていた部長が立ち上がった。 「冬は日が短いね。そろそろ暗くなってくる時間だし、捜索はまた明日にしようか」 その言葉に、小桜はほっとした。なぜかこの場所に居心地の悪さを感じ始めていたからだ。 飲み終えたホットドリンクの缶を公園のゴミ箱に捨てようとした部長が、雪が積もってて捨てられないね、と笑った。 その笑顔に相槌を返そうとしたとき、不気味な風が頬を撫でたことに小桜は気がついた。 びゅっと、突然強くなった風で思わず目をつむる。次に目を開けたとき、あたりに吹雪が立ちこめていた。体感温度が、一気に下がっていく。 「うわっ、急に吹雪いてきたね。大丈夫? 小桜くん!」 びゅうびゅうという風の音で、部長の声が聞きとりにくい。 どうやら部長は自然の現象だと思っているようだが、これは明らかに異常だった。 小桜は慌てて部長の元へ走った。しかし部長から借りたサイズの合わない大きな 長靴と、ホワイトアウトする視界で、うまく歩行ができない。 風により勢いを増した雪が、針のように体に突き刺さり、痛覚を刺激してくる。 「部長!」 呼んでも返事がなかった。小桜の心臓が氷を張ったように冷たくなる。 吹雪の音に紛れて笑い声が聞こえた。心から楽しそうな女性の声だ。 吹き荒ぶ雪の中へ、目を凝らす。小桜の目は、真っ白な視界の先に、人影を捉えた。 白い着物に、長い髪を垂らした女性が、口元に手を当てて笑っている。 この視界の悪さでこんなにはっきり見えるわけがないのに、なぜか彼女の姿は視認できた。 彼女は小桜に、わざと自分の姿を見せつけているようだ。 そんな彼女の足元に、もうひとつ、人影があった。 「部長……! 起きてください! 部長!」 倒れ込んでいる部長に声をかけるも、応答はない。 寒さに強い小桜でも、体温がどんどん下がっている。 こんな吹雪の中、意識を失えばどうなるのかは、想像するに難くなかった。 小桜は必死に雪をかき分けた。しかし前方で微笑む彼女が口元に手を添えて、 ふうっと息を吹くと、さらに勢いを増した吹雪が歩行を押し返してくる。 足元からすくい上げられるほど、すさまじい吹雪が襲いかかり、小桜はついに雪の中に倒れ込んでしまった。 顔を上げると、彼女が部長を抱き上げて、こちらを見て笑っていた。 雪女とは、人間の精気を吸い取り、息を吹きかけ凍死させる。 部長は、彼女の標的にされてしまった。 すでに小桜の体も感覚がなくなるほど冷え切っていた。人である部長は、危険な 状態かもしれない。 思うように動かない体を、這うように動かす。 彼女はそんな小桜を見てくすくすと笑い、部長を死に至らしめようとする過程を 楽しんでいる。 雪の中、彼女のテリトリーと化した公園で、小桜は自分の無力さに打ちのめされた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加