雪の中、あなたの体温

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失いたくなかった。これから紡がれるはずの、部長と過ごす部活動での日々を。 そのとき、懐に温もりを感じた。 手を入れてみると、それは出掛けに部長に貰ったカイロだった。 触れた指先に、ほのかな温かさが宿り、小桜は繋いだ部長の掌を思い出した。 瞬間、心に火がともった。 千切れそうなほど凍えていた四肢に、不思議と感覚が戻っていく。 ゆっくりと身を起こし、視界の先で微笑む雪女を見据えて、小桜は立ち上がる。 しかし、一歩進むとすぐに雪に足をとられてしまった。 「部長、やっぱり貸してくれた長靴、すごく歩きにくいですよ」 小桜は長靴を脱ぎ捨てた。 痛いくらい冷たい雪の上で、やっと動きやすくなったと、小桜はかすかに笑みを 浮かべて走り出した。 積もった雪の表面を、軽快な動きで駆ける。 水上を走る忍者のように、雪上を駆ける。 警戒した雪女が息を吹きかけて、いっそう吹雪を強くさせた。 しかし引くわけにはいかない。いま部長を助けることができるのは自分だけだ。 小桜は失速することなく、渦巻くほど荒れ狂う吹雪の中に飛び込んで、雪女の前に躍り出た。 雪女が驚きを示すと、とたんに吹雪が弱まった。 「返していただけますか。その人は、不可思議事情研究部の部長です。 あの世に連れていかれては困ります」 雪女は小桜が人ではないということに気づき、不思議そうな顔をした。 人ではない者が、人を助けようとしている状況が理解できないようだ。 小桜は雪を踏みしめて、雪女に近づいていった。 「その人は、私が人間の世界に来たとき、初めて声をかけてくれた人です。 不明瞭な存在に憧れるなんて言いながら、私が人ではないことに気がついていない、のんびり屋さんです。 唯一、私を女の子扱いしてくる、変わった人です。 いつも笑っていて、心も、掌も、温かい人です」 雪女を目の前にして、自分はなにを言っているのか。 小桜自身にもわからなかった。しかし、部長を失いたくないと思った時、彼への思いが心に流れ込んでいた。 「……その人は、私の大切な人です」 小桜は彼女のそばに膝をつき、腕の中に囚われていた部長を自分側に引き寄せた。 雪女は目を丸くして、部長と小桜を交互に見てから、また口元に手を持っていって、くすくすと笑い声を上げた。 気がつけば吹雪は完全に止み、灰色の厚い雲の隙間から、日暮れの淡い光が差していた。 その光に照らされた雪女は、最後に悪戯っぽく笑うと、溶けるように消えていった。 人のことを大切だと言う、人ではない存在。おもしろいものが見れた、とその表情は語っていた。
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