第一話 箱の中味は超事件 2

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第一話 箱の中味は超事件 2

「あ、芽里(めいり)じゃん。……へえ、もうここ見つけたんだ。やるじゃない」  目を丸くしながらわたしの方にやってきたのは同じ大学に進学した親友、風花(ふうか)だった。 「どうしたの風花。バイトの面接に行くんじゃなかったの?」  わたしが記憶を頼りに問うと、風花は「それがさあ」と息を吐きながら向かいの席に腰を据えた。 「募集してるのは繁忙期だけの短期バイトだったの。張り紙をよく見なかった私も悪いんだけど、もうちょっと稼ぎたいから見送ることにしたわ」  風花はあっけらかんと言い放つと、やって来た店員にカフェラテをオーダーした。 「そっか。じゃあこの次のボラには風花も参加できるんだね」  わたしがコインを指でつまんでかざしながら言うと、風花の眉が怪訝そうに顰められた。 「そのコイン……あんた、マジックは中止になったって聞いてないの?」 「えっ……」  わたしは思わずコインを取り落としそうになった。わたしたちが所属しているサークル『まじかるシアター』は、春から夏にかけてがボランティアのショー、秋から冬にかけてが人形アニメなどの映像づくりという変わった活動の会だった。 「二子浦(にこうら)先輩が家のことで色々あったらしくて、マジックショーが人形劇に急遽、変更になったらしいの。マジックと言えばニコさんでしょ?人形劇は一年生には難しいから私たちは雑用に回るんだって」 「なんだ、せっかくお父さんにテーブルマジックをおそわったのに」  わたしはさも習得済みであるかのように鼻を鳴らすと、コインを小銭入れにしまった。 「それでね、そのお家のトラブルなんだけど……先輩の伯父さんが窃盗の容疑で拘留されちゃったんだって」 「伯父さん?……先輩の伯父さんってもしかしたら工学部の」 「そう、二子浦教授よ。でも本人は全然、覚えがないんだって」 「おかしな話ね」  わたしは思わず風花の話に聞き入った。二子浦(てらす)先輩は工学部の二年生で、落ちついた性格と甘いマスクで女子部員――と言っても数名だが――にとても人気がある。先輩抜きでボラに行くとなれば、女子部員はみんな、がっかりするに違いない。  わたしが続きをせがむべく身を乗り出した瞬間、背後で誰かが席を立つ音が聞こえた。 「それじゃあ私、そろそろ行くわね。またそのうち会いましょ、上弦さん」 「おう、おつかされさま。僕はもう少し、粘ってみるよ」 「いいネタがあったら提供し合いましょ。じゃあまたね」  わたしは首だけを曲げて颯爽と歩く女性の姿を追った。女性が店の外に消えると、わたしはふうと甘いため息をついてシートに背を預けた。 「素敵……」 「あれ、芽里はまだ知らないんだ、この街の有名人を」 「有名人?」 「実はうちの大学の職員なんだけど、箱部美紅(はこべみく)さんって言って『隅の麗人』って呼ばれてる美貌の才女よ。うちの学科にも憧れてる子がわんさといるわ」 「へえー。知らなかった。わたし、あんたとサークルのメンバー以外まだ、ほとんど誰とも話してないんだ」 「あんたらしいわね。……でもあの男の人、誰なんだろう。始めて見る顔だけど、まさか美紅さんの恋人じゃないわよね」  わたしは思わず咳き込みそうになった。もしそうなら今日はラッキーとアンラッキーのダブルデーだ。 「ま、いいか。どうせこれから嫌っていうほどこのあたりのことを知るんだろうし」    風花はそう言ってカフェラテを啜ると、二子浦先輩のことなど忘れたかのように男子生徒のランク付けを始めた。                 ※  わたしの名前は庄司芽里(しょうじめいり)。この春高校を卒業したばかりの十八歳、大学生だ。  実家のある街は大学のあるここ斗来町(とらいちょう)からさほど離れていないのだが、父から独立するいい機会だと言われて大学の近くに下宿を始めたばかりだ。  人見知りのわたしは入学式からしばらく、同じ大学に進学した親友の風花にべったりだった。だが授業が始まってほどなく「あんたにぴったりのサークルを見つけたよ」と風花にキャンパスの外れに建つサークル棟へと引っ張っていかれたのだった。  風花はわたしの父が学生時代、マジックと自主映画制作に熱中していたことを知っている。わたしが『まじかるシアター』に適性有りと踏んだのも、おそらくそんなところからに違いない。事実、不思議な小道具が所狭しと置かれた部室は、なんだかおもちゃ屋さんみたいでわくわくする場所だった。  だが、それからほどなく新生活に波乱を巻き起こす出会いが訪れるとは、その時のわたしはまだ、知らなかった。  二子浦先輩の事件も美貌の麗人も、やがて訪れる波乱の序章にすぎなかったのだ。
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