第一話 箱の中味は超事件 1

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第一話 箱の中味は超事件 1

「では始めます。ここにコインがあります。いいですか、よく見ていて下さい……」  わたしは見えない観客に向けて口上を述べると、テーブルの上のコインを手に取った。 「このコインをこうしてテーブルにぶつけると……あっ」  わたしが手首を軽くしならせた瞬間、足元で硬い物が撥ねる音がした。 「……またやっちゃった。やり直しだわ」  わたしは席を立つと、転がってゆくコインを追った。わたしが練習していたのは昔、父に教わった初心者向けのテーブルマジックだった。 「――もう、どこまで行くのよ」  コインはあっという間に入り口近くまで行き、レジの台に当たって止まった。わたしは身を隠すようにこそこそ移動し、床の上のコインを拾いあげた。 「逃げようなんて姑息なことは、考えないことね」  わたしが自分の不器用さを棚に上げてコインに八つ当たりした、その時だった。近くでドアが開く気配があり、誰かがわたしの傍らを風のように行き過ぎていった。 「…………あっ」  何の気なしに振り向いたわたしの目が捕えたのは、颯爽と歩く美しいシルエットだった。  わたしは人影が一番奥の席に収まるまで、視線をそらすことができずにいた。ショートカットの髪とピンと伸びた背筋が、女性の気品と男性の凛々しさを兼ね備えていたからだ。 「綺麗……」  どきどきしながら席に戻った私は、もはやマジックの練習そっちのけで女性客とスマホとの間で目線を動かし続けた。  わたしがカフェでこうしてテーブルマジックの練習にいそしんでいる理由は、近々、大学のサークルが赴く予定のボランティアで小さな芸を一つ披露せよと言われたからだった。  幸いなことにわたしの父はアマチュアマジックの心得があり、電話で事情を話すとわざわざコインマジックの実演動画を送って寄越してきたのだった。  ――うちの大学の近くにこんな凛々しい女性がいるなんて、ラッキーだわ。  わたしは女性が地元の人間だと勝手に決めつけると、どうにかして知り合いになれないかなあと身勝手な想像に耽り始めた。すると入り口のドアが開いて小太りの男性がひょっこりと姿を現した。 「おや箱部(はこべ)先生、優雅にティータイムですか」  小太りの男性は奥の席に向かって声をかけると、わたしの傍らを通り抜けていった。 「ええ、ちょっと頼まれてるコラムのネタに詰まったもので……上弦(うえづる)さんも執筆?」 「まあそんなとこです。一軒目でネタが浮かばなくなったんで、諦めて二軒目に行こうと」  小太りの男性は体を揺すって笑うと、図々しくも女性の向い席にどっかりと腰を据えた。  ――うわあ、なれなれしい。  わたしは自分が部外者であることを忘れ、どうかただの顔見知りでありますようにと失礼な願掛けを始めた。やがてスマホの呼びだし音が聞こえ、男性が誰かと会話を始めた途端、わたしの忍耐は限界に達した。  ――信じられない。こんな素敵な人を無視して通話を始めるなんて。  わたしがせめて睨み付けてやろうと首を曲げかけた、その時だった。入り口の扉が開いて、見知った顔が店内に姿を現した。
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