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社交辞令のようなものかと思い、外は寒いからまた今度。と言うと翌日には茉理は防寒着を用意して屋上へと続く階段に腰掛けて待っていた。
そうなると約束した手前拒否することも出来ずに、周囲に警戒しながら茉理も一緒に屋上へ出る。
茉理は屋上から見える夕陽が沈む光景に笑顔を見せた。
その横顔はやはり美しく、思わず見蕩れてしまう。
そして、陽は沈み少しずつ星が見えやすくなると並んで座り順番に望遠鏡を覗いた。
茉理は防寒着を着てはいるが少し寒そうにしている。
そっと毛布を半分掛けると驚いた顔をされた。
「ハジメも寒いんじゃないの?借りてもいいの?」
「茉理にだけ風邪をひかせたら俺の責任になるだろ。いいから入れよ」
恥ずかしくてついきつい言い方をしてしまうが、触れ合う肩や手に意識がいってしまう。
ドキドキしているのが伝わらないように願いながら空を見上げる。
「ハジメはなんで星が好きなの?」
「ふぁ、え?ああ……星?」
油断しきっているところに耳元で質問され、思わず声が裏返ってしまう。
「べつに、そんなすごい理由なんてないよ。家が裕福じゃないから伯父さんが実家に残していった天体望遠鏡をもらってからそれを使って星を見ながら図書館の本で色々調べるのが習慣になっていたから、見ないと落ち着かないだけだよ」
きっかけはそうだが、実際何に魅力を感じているのかを話すのは、ロマンチストを気取っているようで恥ずかしく思え、ついそんなことを言ってしまう。
それでも茉理はただ「そうなんだ」といって優しく微笑む。
それ以来、茉理とは学校がある日は毎日のように音楽室と屋上で一緒に過ごすようになった。
話すうちに少しずつお互いのことを知った。
茉理はやはりαで、学年は一つ上の3年生。俺が暮らしている第三寮ではなく、数年前に改装され新しくなった第一寮で生活していて、卒業後は父親の母国であるドイツの音楽大学へと進学することが決まっている。
つまり3か月もしないうちに茉理はここを卒業してしまうということだ。
「もっとはやく茉理と知り合ってたら……テストも楽できたかもしれないのに」
寂しい気持ちを誤魔化すようにそう言うと、茉理はくすくすと笑う。
その所作ですら、美しいのだから困ったものだ。
空に視線を戻し、油断しきっていると、茉理は俺の耳に唇を寄せて秘密を打ち明けるかのように囁く。
「ボクも、もっとはやくハジメと会いたかった」
しっとりとした吐息が鼓膜を揺らす感覚に身体が熱くなる。
「おまっ……耳元で話すなっていつも言ってるだろ!」
茉理は穏やかで優しいが、時々悪戯っ子のような意地悪な顔をしてこうして揶揄ってくるのだ。
「どうして?ボクは思ってることをいってるだけだよ?」
本当に、そういうことを言うのはやめてほしい。茉理のような美形にまるで好意があるようなことを言われれば、大半のやつは自分に気があるのではないかと勘違いしてしまうだろう。
「……ハジメ。今、自分がどんな顔してるかわかってる?」
「お、俺の顔なんてその辺にいるようなありふれた顔だろ。あと、いまはお前に怒ってる」
「ハジメは怒るとこんなに耳まで真っ赤にして潤んだ瞳で見つめるの?だったらきっと、みんなわざとハジメを怒らせようとしちゃうね?」
茉理が顔のことを指摘してくるので、そっぽ向いてみせるのに、茉理はわざわざ回り込んでまで顔を覗き込んでくる。
「リンゴみたいで可愛い……」
茉理にとっては他愛もないことなのかもしれないが、こちらとしてはいつもいつも茉理の一挙手一投足にどぎまぎさせられてしまうのだ。
そして、すぐに卒業してしまう茉理をこれ以上好きになりたくないと思いながらも会いに行くのをやめられない。
冬期休暇を前にして、茉理に聞きたいことを聞けずに時間ばかりが過ぎていく。
茉理はどこで休みを過ごすのか、もし近ければ自分とも会ってもらうチャンスがないか、そんなことをどう切り出せばスマートにデートに誘えるのか頭の中がグルグルして聞けずに気が付けば明日の授業が終わればいよいよ休暇という時期まできてしまった。
何度も茉理が次の曲を弾き始める合間に尋ねてみようと試みるが、口を開いては閉じ、これではまるで金魚のようだと自己嫌悪に陥ってしまう。
「ねえ、ハジメ。ハジメの実家はどこなの?」
「俺はここが地元だから、家までは電車一本で帰れるんだ!茉理は?」
まさか茉理の方から話を振ってくれるとは思っていなかったので、つい前のめりに答えてしまう。
「ボクの実家は東京」
その答えで少し考える。今まで貯めていたお小遣いで行くこともできなくはない距離だが、時期も時期だし新幹線は難しいだろう。夜行バスなら何とかなるだろうか。
「でも、年末年始は父の実家に行くことになってるんだよね」
「それって……海外だっけ?」
茉理がうなずくと落胆してしまう。平凡な高校生である朔にはさすがに海の向こうまで気軽に追いかけていけるほどの財力も行動力もない。
「年が明けてもまた、ボクに会いに来てくれる?」
「もちろん!なんで年が明けたら会いに来なくなるような薄情なやつだと思ってるんだよ」
冬期休暇前の最後の曲にも、きらきら星変奏曲を演奏されてしまうくらい、茉理の中での俺は、星が大好きなやつなのだなと思った。
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