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序章
「はい、田島記念病院、救急です」
《山ノ内救急隊です! 救急搬送受け入れ願います。傷病者は七十二歳、女性。軽度の意識障害ありで、脳梗塞の疑いです》
受話器を押さえた看護師に、「今は無理だ!」と田島孝輔が怒鳴る。事情を承知済みの看護師も、すぐに電話に戻る。
「今、脳出血のオペ中で、受け入れ不可です」
《傷病者の身元が解りました。川上きみ恵、一九四八年六月一日生まれ、そちらに受診歴があるようなのですが――》
「院長先生! 患者は川上さんだそうです!」
看護師が、今度は受話器を押さえずに慌てて叫ぶ。孝輔は小さく舌打ちをする。
だから帰るなと言ったのに――川上きみ恵は以前からこの病院の内科で、高血圧のフォローをしていた。先日、転倒して頭を打って運ばれてきたばかりだが、本人の希望で退院したばかりだった。
検査も充分ではなかったが、翌日受診することを約束して帰した。しかし翌日、本人から電話があり、曰く《大丈夫そうなので様子を見ます》とのことだった。
あのとき、無理にでも引き留めておけば。
それに、ここは小さな町だ。雪も深い。他の病院に回すとなると、時間がかかることも解っている。
だが。
「無理だと言ってるだろう!」
孝輔の額に滲む汗を、看護師が拭き取る。
「開頭中だぞ! わきまえろ!」補助についている能川が叫ぶ。渋い表情の看護師が、再び救急隊に断りを入れる。
死なせない。
絶対に――この人だけは、死なせてはならないんだ。
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