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今、これ以上刺激しても何も得られないだろうと判断し、夏帆は一旦、院長室を辞した。
どいつもこいつも怪しげだが、しかしそれはあくまで田島孝輔殺しにおける話であって、尾形哲夫殺しとのつながりは見えてこない。でも何もないのなら、警視庁の刑事が尋ねて来るだけでこんなに騒ぎ立てるのはおかしい。
駐在の児島とチンピラの襲撃の件もある。そう言えば、あの二人組はちゃんと逮捕されたままなのだろうか。何かの力が働いて、釈放されたりしていないだろうか。
夏帆が階段で一階に下りると、ちょうど救急車が到着したところらしく、救急外来が慌ただしくなっていた。「三十代男性、スキーで転倒し、露出していた木の根で頭を打ったようです!」担架を押す二人の救急隊員の片方が、男性ドクターに説明する。担架の上の男性は、よほど強く頭を打ったらしく、出血も酷い。血の気が引いているのは、雪の中で倒れていたからだろうか。担架が専用エレベーターへと消えていく。救急隊員はエレベーター前で踵を返し、「次行くぞ!」「今日は、スキー場まで何往復でしょうね――」などと言葉を交わしながら、救急車へと戻って行く。
救急車――救急車か!
「お疲れ、夏帆たん。そっちはどうだった?」
ちょうど駆け寄って来た葛木の肩をがっちり掴み、がくがくと揺らす。
「葛木、救急車よ!」
「ちょっと、揺らすなよ。酔うから――救急車がどうしたって?」
「Mモータースの藤川二課長、マル害から二人で飲みに行こうって誘われたって言ってたじゃない?」
「ああ。二人では珍しいって言ってたよな」
「商品企画二課は、救急車なんかの特殊車両を扱ってるって言ってたわ。尾形と田島記念病院をつなぐ線、これよ! きっと!」
「いや、待って――でも、それってあくまで――」
「そうよ。あくまで可能性よ? でも、これならつながるわ。この病院には、専用の救急車ってないの?」
「そう言えば、駐車場に停まってたな。言ってみる?」
もちろん。夏帆は力強く頷き、駐車場へ出る。ちょうど整備士らしい男性が、救急車のタイヤの空気圧をチェックしていた。夏帆は警察手帳を示し、救急車について尋ねる。新調する予定も改造予定も整備不良もないとのことだったが、さらに気になることはなかったかと食い下がると、「そう言えば――」と整備士は頭をかいた。
「若院長が殺されるより随分前だが、救急車の値段について聞かれたなあ」
「値段?」
「いや、僕は整備士だから詳しいことは解らないけど、多分二千万くらいだと思うんですけどね」
「やっぱり、救急車を買うつもりだったんじゃないの?」
「いや、それよりもドクターカーに興味があったんじゃないかな。若院長、独立したがっているって噂もあったし」
独立――ますます、お家騒動じみてきた。しかも、救急車にドクターカーか。自動車メーカーに勤めていた尾形哲夫との接点は間違いなくこのあたりだろうが、しかし、それがどうして殺人に発展するのか。夏帆と葛木はレンタカーに戻る。
「葛木、片山と和泉に、こっちに来るように伝えて。それから芽衣ちゃんには、マル害周辺で救急車やドクターカーについて動きがなかったか調べるよう言って!」
「了解。で、俺たちはどうする?」
「田島孝輔殺しの捜査本部で、彼の側から尾形哲夫との接点を探しましょ!」
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